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以前の記事で世界で「731」という数字がやたらとメタルバンドの間で使われている事をお伝えした。ロシアには「731」というブラックメタルがおり、オーストラリアには「731」というグラインドコアがいる。実はこの「731」は旧日本軍の人体実験をしていた「731部隊」が由来なのだ。

元々この世界では他にも「324」というグラインドコアや、「311」というミクスチャーバンドなど、数字を名前にするバンドが結構いた。今回はそんな数字を用いたバンド名についてお伝えしよう。

・1349の影響

近年やたらと目にする事が多くなってきたのが、出身国の歴史的事件があった年を、そのままバンド名にしたメタルバンドだ。これは明らかにノルウェーで「1349」というブラックメタルバンドが登場してからの現象。

このバンドは1997年にオスロで結成されたのだが、バンド名はノルウェーに黒死病が到来した「1349年」から採っている。なお彼らは2012年に来日しているが、2017年3月に再来日の予定。

この「1349」が登場した時は、バンド名が数字のみという大胆さ、しかもブラックメタルの世界観と合う、中世暗黒時代を想起させる数字という事もあり、インパクトがあった。それでは数字が名前のメタルバンドの歴史的背景を解明してみよう。

1. 1389(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)

2008年に結成されたボスニア・ヘルツェゴヴィナのスルプスカ共和国側のバニャ・ルカ出身のブラックメタルバンド。バルカン史に知識がある方なら分かるかもしれないが、彼らは当然セルビア系。よって「1389」というのはセルビア王国とオスマン帝国が戦った「コソヴォの戦い」の年である事が分かる。敗北してしまったものの、セルビア人にとっては最も重要な歴史で、ミロシェヴィチが扇動の題材に使っている

2. 1572(ロシア)

2016年に結成されたモスクワ出身のブラックメタル。ロシアはロシア正教や土着の民謡を取り入れたペイガンフォークメタルが盛んなのだが、なぜかこのバンドは「サンバルテルミの虐殺が行われた年」である「1572」年をバンド名としてピックアップ。

3. 1833 AD(インド)

西暦を意味する「AD」が付いてくるのが残念だが、2004年に結成されたニューデリーのブラックメタルバンド。この年に集団自殺を試みた宗教団体の伝説から由来しているとの事。

4. 1837(カナダ)

結成年は不明だが2010年にEPをリリースしているケベックのブラックメタル。ローワーカナダでのイギリス系の支配に対して、1837年から1838年にフランス系ルイ = ジョゼフ・パピノーらが叛乱を企て、ケベックの独立を目指した。その年から名付けられているようだ。なお先日、彩流社からジュール・ヴェルヌ『名を捨てた家族:1837 – 38年 ケベックの叛乱』という書籍が出版されている。

5. 1879(チリ)

2010年にチリで結成されたブラックメタル。南米史に詳しい方なら分かるかもしれないが、この年はチリとペルー & ボリビアの間で「太平洋戦争」(第二次大戦の方ではない)が勃発した年。1884年まで続くこの戦争に勝利した事によってチリは太平洋に面するボリビア領をぶんどる事に成功し、世界一縦長の領土になった。チリにとっては栄光の歴史なのだろう。

6. 1914(ウクライナ)

2014年にウクライナのリヴィウで結成されたブラッケンドデスメタル。この年からウクライナ紛争が悪化した。西部リヴィウはマイダン派やウクライナ極右が多くいる地域なので、当然このバンド名は「ウクライナ・ソビエト戦争」や「ウクライナ人民共和国」と関係あるのか期待させるが、これらが始まったのが1917年なので微妙に違う。

よく調べると、ただ単に第一次世界大戦の開戦年から採っただけで、Facebookでの言動などを見る限り、単なるミリタリーマニアのようで拍子抜け。

7. 1931(アメリカ)

2007年にオハイオで結成され、既に解散しているメタルコアバンド。既に解散してから日が経っており、バンド名の由来は不明だが、フーバー大統領がモラトリアム宣言するなど大恐慌が最も深刻化していた頃なので、それを採ったと予想される。

8. 1970(アルゼンチン)

アルゼンチンのストーナーメタル。オンガニーアの権威主義体制に対して反発する、キューバの支援を受けた左翼ゲリラ「モントネーロス」が、アランブル元大統領を殺害した年。恐らくその年をバンド名にしている。

他にアルゼンチンに「1917」というデスメタルバンドがおり、当然、ロシア革命あるいは第一次世界大戦に関連するテーマから、バンド名を採ったと思いきや、楽器に刻まれていた年から付けたとの事(詳細不明)。アルゼンチンにはもうひとつ、「2112」というプログレッシブバンドがいるのだが、これは「Rush」の有名アルバム『2112』から採ったとの事である。

・勉強になる反面

バンド名が数字である場合、その由来を調査する事によって、各国史の理解が一層深まることが多い。数字だけでなく、バンド名が現地の固有名詞を表していたり、一見意味が分からない場合、その由来を調べるだけでとても勉強になるのである。

逆に言うと、こういった同国民にしか分からないバンド名にするのは、グローバルな人気を得る上で大きなハンディキャップになる事も認識しておいた方が良いだろう。さらに数字バンドの場合、検索し辛いので、SEO的には最悪なネーミングと言わざるを得ないのも事実だが。

執筆:ハマザキカク
イラスト:Rocketnews24

▼年号系バンドの先駆け1349のライブ

▼右翼的な雰囲気が濃厚なスルプスカの1389

▼チリ史に詳しい人でないと何がテーマか分からない