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「自分探しの旅」という言葉があるが、私(中澤)の場合、自分を探そうと思ってるのは出発の瞬間だけだ。旅をしてるうちに、風景に目を奪われ、食べ物に舌を奪われ、寂しさに心を奪われて、自分探しは「他人探し」へと変わる。しかし、運命的な出会いなんてないから、暇つぶしで10分に1回SNSに投稿。

皆まで言うな。知ってるさ極めて旅下手なことくらい。というわけで、私は旅よりも「旅本」の方が好きだ。読んでるだけで、行ったような気持ちになれて一瞬現実から解放される。2017年2月15日、そんな私の胸を撃ち抜く旅本が発売された。その名も『海駅図鑑』。海の見える無人駅の図鑑である。

・日本全国から30駅を厳選

日本全国9000駅の中から、海の見える無人駅のみを30駅厳選したこの本(税抜1600円)。出版社の河出書房新社からサンプルをもらって見てみたところ、たっぷり全277ページと図鑑と呼ぶにふさわしい厚さである。だが内容は、図鑑にはとどまらないものだった

本を開くとまず、30駅で撮られたカラー写真と駅の情報や説明が書かれている。厳選されている30駅は以下の通りだ。
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【北海道】
北浜駅 釧網本選
北舟岡駅 室蘭本線
大岸駅 室蘭本線
石倉駅 函館本線

【東北】
驫木(とどろき)駅 青森県・五能線
有家(うげ)駅 岩手県・八戸線
堀内(ほりない)駅 岩手県・三陸鉄道 北リアス線
浦宿(うらしゅく)駅 宮城県・石巻線

【関東・中部】 
根府川(ねぶかわ)駅 神奈川県・東海道本線
越後寒川(えちごかんがわ)駅 新潟県・羽越本線
青海川駅 新潟県・信越本線
越中国分駅 富山県・氷見線

【近畿】
池の浦シーサイド駅 三重県・参宮線
波田須駅 三重県・紀勢本線
湯川駅 和歌山県・紀勢本線
和深(わぶか)駅 和歌山県・紀勢本線
鎧駅 兵庫県・山陰本線

【中国】
大山口駅 鳥取県・山陰本線
田儀駅 鳥取県・山陰本線
馬路(まじ)駅 鳥取県・山陰本線
折居駅 鳥取県・山陰本線
木与駅 山口健・山陰本線
飯井(いい)駅 山口県・山陰本線

【四国】
田井ノ浜駅 徳島県・牟岐線
下灘駅 愛媛県・予讃線
安和(あわ)駅 高知県・土讃線

【九州】
小長井駅 長崎県・長崎本線
千綿駅 長崎県・大村線
大三東(おうみさき)駅 長崎県・島原鉄道
小内海(こういうみ)駅 宮崎県・日南線
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いずれの写真も駅の空気を切り取っており、空の青と海の青が広がるその光景に吸い込まれそうだ。マジ行ってみてえ。だが気になるのは、前半60ページですでにタイトルを回収し終わっていること。あと、217ページも残ってるんですが……。

・残りの217ページには一体何が?

ページをめくると、まえがきがあり目次が始まる。その目次には、カラー写真の30駅の名前が並んでいる。どうやら、ここからは30駅を再度文字で説明しているようだが、一体何が書かれているのだろうか? 1つ目の「北浜駅」のページを開いてみると……

流氷は気まぐれだ。──から始まった。抒情的すぎィィィイイイ! ひとこと目から、完全に風が吹いている。日本全国をめぐった旅人も納得のチョイスだ。

・図鑑というよりエッセイ

さらに、話は著者の清水浩史さんが駅を訪れた時の様子や、歴史、出会った人などのエピソードを交えつつ展開。様々な角度から駅のイメージを浮き彫りにする。図鑑というより、エッセイを読んでいるようだ。

本の帯には「海しか見えない駅。その先に見えてくるもの──。」というキャッチフレーズが書かれていたが、ここには清水浩史さんが見た「その先」が書かれているのかもしれない。
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出会い、別れ、次の駅へ。この文章を読んでいると、清水さんの旅の物語をトレースしてるような気分になってくる。まさに旅本のだいご味が集約されていると言えるだろう。
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・今、追いかける

そして後書きでは、高校生の頃に飼ってたインコの話を引き合いに出しつつ「失ってから気づくのではなく、今、追いかけたい。大切なものを見失わないよう、失わないよう」と吐露する。音もなく燃える青い炎のような文章。読んだ後、私も「今、追いかけなくては」という気持ちになったことは言うまでもない。

掲載されている場所に旅した気分になれるだけはなく、「全力で生きよう」という意志が湧いてくるこの1冊。『海駅図鑑』というタイトルから想像できないような激アツっぷりである。「図鑑」の枠に収まらない面白さだったので、旅に行きたいけど行く暇がない人にはオススメだ。

参考リンク:河出書房新社『海駅図鑑』
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.