一般的に、前向きな思考をポジティブ、後ろ向きな思考をネガティブと呼ぶ。普通に考えれば何事も、後ろ向きよりは前向きの方がいい気がするが、ここ数年「ネガティブの方がカッコいい」という風潮が蔓延している気がしてならない。
さらに言えば「ポジティブは物事をよく考えないヤツ」という雰囲気や、「ネガティブって言っておけばとりあえずOK」という気配すら感じる。これは健康的ではない、由々しき事態である。
・本物のネガティブはごくわずか
最初に筆者の持論を述べてしまうと、「ポジティブもネガティブも、本物はほんの一握りしかいない」と思っている。「どんなことでも前向きに捉えられる人」も「どんなことも後ろ向きに捉えてしまう人」も本当にわずかしかいないと思うのだ。
なのにどうだろう? あなたの周囲やあなた自身のことを思い出してほしい。「ポジティブな性格か? ネガティブな性格か?」と問われたら、「ネガティブ」と答える人の方が圧倒的に多いハズだ。先日たまたま見たテレビでは、ネガティブが4倍以上もポジティブを上回っていた。
・「注意深さ」はネガティブではない
ここで一つ整理しておきたいのは、「注意深さ」と「ネガティブ」は全くの別物であるということ。日本人は元来、思慮深い国民性だ。物事を注意深く捉え、相手の気持ちを汲むことができる素晴らしい特性だが、それは「ネガティブ」という意味ではない。ここをゴチャ混ぜにしている人が多すぎるのだ。
さらに言えば、「ポジティブを若干馬鹿にしている気配」すら感じずにはいられない。「いいよなーポジティブで。俺ってネガティブだからさ~」という人が、あなたの周りにも近年急増していないだろうか? 本物のネガティブ思考ではないのに、前向きな人を小馬鹿にする風潮は、本当に腹立たしい。
・ポジティブを小馬鹿にする雰囲気すらある
また、「嫌なことにはネガティブ」や「面倒なことにはネガティブ」な人も多い。生きていれば、嫌なことも面倒なことも毎日のようにやって来る。たまにやって来る良いことには前向きなのに、「都合のいい時だけネガティブ」とは公平ではないだろう。
人間が生きていく上で、筆者は「出来るだけ前向きである」方が、より豊かな人生になると考えている。嫌なことがあってもそれを教訓にしつつ、ポジティブに生きていく方が健全であると思うのだ。普通に考えて「前向きな人」と「後ろ向きな人」、あなたならどちらと一緒にいたいだろう?
断っておきたいのは、筆者は「本物のネガティブ思考の人」を批判しているわけではないということ。あくまで、ネガティブという便利な言葉を利用し、時には前向きな人をせせら笑っている辛気臭い「偽ネガティブ」のことを述べている。あなたはどう思うだろうか?
執筆:P.K.サンジュン
Photo:RocketNews24.