一般的なイメージとして、寿司屋の大将というものは “声が大きい” 印象がある。単に声がデカいというわけではなく、「あいよっ!」「ヘイっ!」てな具合に、ハキハキと声を出す感じだ。髪型は角刈りかボウズで、白衣と包丁が似合う しょうゆ顔……。
だが、いま私(筆者)の心をわしづかみにしている寿司屋の大将は、まるで逆。集中して耳を傾けないと、何を言っているのか理解不能なほどに声が小さいのである。
・いわゆる普通の安い寿司屋
私の家のすぐ近くに店を構える、とある寿司屋。1貫50円から食べられる、とても庶民的なお寿司屋さんだ。広いカウンターには、常に3〜4人の寿司職人が入っている。その中のひとりが、私の好きな「声の小さな寿司屋の大将」である。
・のっけから聞き取りにくい
大将は、私がカウンターに座るなり、ニヤリとしながらいつもこう言う。「……ビ?」と。何を意味しているのかというと、ずばり「とりあえずエビ?」である。私が無類のエビ好きであることを知っているので、開口一番、大将はいつもこう言うのだ。
無論、「はい、エビで!」と私は答える。ニヤリとしながらキュッキュとエビを握り始める大将。そうだ、ついでにウニも頼んでおこう。ということで「ウニも!」と伝えると、大将は「……ィイ?」と言う。はっきり言って、何を言っているのか分からない。
だが、大将の体の動きを細かく観察していると、何を言いたいのかはすぐに分かる。2種類のウニを手にした大将が私に伝えたかったこと、それは「塩水うにと箱うにがあるけど、どっちがイイ?」だ。……たぶん。しばし悩んだ末、「箱うに」と答える私。
しかし大将は「……ほうが美味しい……」と言う。翻訳すると「今日は塩水うにの方が美味しいよ」だ。だったら聞くなと言いたい気持ちをグッとおさえ、おとなしく大将のオススメする方をリクエスト。大将の言うとおり、塩水うには美味かった。
しばらくすると、「……スで」が、やってきた。何が「ス」なのかを説明すると、「これ……俺からのサービスで」である。そう、ごくたまに、大将は “そのときに大将が美味しいと思うネタ” を、サービスでコッソリと握って差し出してくれるのだ!
「大将、いつもありがとう!」と私が言うと、大将は恥ずかしそうに下を向きながらニヤリと笑う。「……て(まあ、食べて)」と言っている。相変わらず声は聞き取りにくいのだが、別に大将は “何かの理由があって、大きな声が出ない” わけではない。
いつぞやか店に行くと、大将がカウンターではなく、 “ホール” をまかされていたことがあった。「なんで俺が……くそっ……」と、不服そうな顔をしながら漏らす大将。その声は、なぜかいつもの3倍はシッカリと聞き取れた。
一方、カウンターにいるときの大将は、イキイキと仕事をしている。機嫌がよくなると、必ず「……べる?」が出てくる。これが一番むずかしいのだが、意味としては「今日、活きのいい◯◯が入ったんだけど、食べる?」である。つまり大将のオススメだ。
何を言っているのか分からないのだが、とりあえず私は「食べる!」と答える。何が出てくるのかは、いざ目の前に出てくるまで分からない。ゾクゾクするほどのミステリー寿司だ。しかし、何が出てきても結果的にはチョー美味いのだ。
そして「大将、美味しいです!」と声をかけると、大将は下を向きながらチラリと目だけで私の顔を見て、ニヒルにニヤリと笑ってから、また再び……寿司を握る。
──そう、大将は単に超絶シャイなだけなのだ。自分が「コレだ!」と思う何かをオススメしてきたり、気持ちの込めたサービスをするときだけ、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、声が小さくなってしまうのである。なんて可愛らしい寿司職人なのだろう。
最近は、私も大将の声の大きさに耳が慣れてきた感もある。「……べる?」ではなく、「……食べる?」くらいは聞き取れるようになってきた。今後も何か良いネタが入った時には、大将ならではのイキな計らい、「……スで」を期待したい。
執筆:GO羽鳥
Photo:RocketNews24.
▼とても幸せな味がするのだ