
ごく普通の大学生が木下サーカスに入団してから10年が経過していた。巡業生活を続ける中で少しずつ実感することがある。それはサーカスの世界にも「世代交代」があるということだ。
肉体的限界や人生の次のステージを考えた時、その決断は一般社会よりも少しだけ早くやってくる。私の大切な仲間の1人が、約9年のサーカス生活にピリオドを打つ決断をしたようだ。
・世代交代
サーカス団員にとって「舞台」の仕事は、数ある仕事の中の1つに過ぎない。演技者を見守り、必要に応じて助ける「後見」、音響照明、売店、チケット販売、そしてテントの設営と撤収。団員それぞれが自分の持ち場を担いながら、サーカスという世界を支えている。
生涯現役で50代になっても舞台に立ち続ける団員がいる一方、良きタイミングで後輩に芸を譲り、指導者として残る団員もいる。そして以前の記事でも書いたように、まったく別の世界へ進む団員も少なくない。
そんな中、20代の頃に熱い練習を共にし、仕事でもプライベートでもアホみたいな時間を過ごしてきた戦友・マ〜シ〜が35歳で引退を決意した。理由は地元の群馬に戻り「家の仕事を継ぐ」というもの。
思えば、鬼コーチ・高岡さんはすでに引退(後にまさかの復帰を果たすが)し、博士キャラの保坂さんもサーカスを離れている。誰もがいつかは「その日」を意識するし、巡業を続けるうちに少しずつ景色は変わっていく。
マ〜シ〜がサーカスと出会ったのは地元群馬・高崎公演のアルバイトだった。そこで木下サーカスに魅了され、その後も全国を巡るサーカスを追い続ける。そして団員住居であるコンテナ部屋に空きが出た京都公演で正式に入団。
空中ブランコや七丁椅子のショーで喝采を浴びていた彼は、引退が決まってからもウクライナ出身のユリー、チェコ出身のエディータから細かい技術指導を受けていた。「自分史上最高の演技で終わりたい」という思いがあったのだろう。
たしかに彼は指導者タイプというよりプレイヤー向き。やり切ったからこそ、迷わず引退を選んだのだと思う。
・引き継ぎ
とはいえ、団員が去るということは仕事も引き継がなければならない。先述のように、舞台は仕事のほんの一部。マ〜シ〜の公演中の主な役割は「後見」で、場越しの担当は「フェンス」と「水道」だった。
サーカス会場は仮設施設なので、電線を引くのも水道ホースを繋げるのも団員の仕事。停電や水道管のトラブルが起きれば担当者が対応する。電線もホースも数が限られているから、いかに効率よく配置するかが重要。撤収時のスピードに影響を与えるからだ。
そんなわけで、「水道」は金沢大学卒で控えめだが職人肌の請井(うけい)に。仕事後に黙々とジャグリングの練習をする彼は体力面だけ心配だったが、真面目な性格で仕事もできた。
問題なのは「フェンス」だ。引き継いだのは動物学校出身のピエロ志望・松葉。彼はいわゆる “調子乗り” で、言い訳のスキルが異常に発達しているタイプ。憎めない後輩だが、私生活も見事に乱れていて……
ある日、女性とデートをするために先輩女性団員・原岡から車を借りた松葉。返却時に彼はコンビニのレジ袋に「車の鍵」と「千円札」を入れてドアノブに引っ掛けた結果、先輩・原岡から「テメーなめんなよ」とマジギレされていた。
マ〜シ〜はそんな後輩たちに、生命線であるフェンスやライフラインを託さなければならない。これが世代交代の難しさ。ガチャの当たり外れに一喜一憂しながらも仕事は引き継がれていった。
・戦友の引退
私にとってマ〜シ〜は、16歳の彰吾に続く2人目の後輩。ただ、私の1つ年上 & 私の入団前にアルバイトをしていたこともあり、後輩であり先輩でもあるような、とにかくすぐに意気投合した戦友だった。
北海道最高峰の旭岳や富士山に登り、宝塚や沖縄ではゴルフ、名古屋や山形ではフットサルに熱えた。そして岡山、広島、大分、札幌では地元記者の先輩に連れ回され、仙台や熊本でも夜の街の洗礼を受けた。思い出を挙げればキリがない。
サーカスは出会いと別れの連続だ。誰かが去り、誰かがその役割を引き継いでいく。そうして少しずつ世代が入れ替わりながら、テントは今日もどこかの街で賑わいを生み続けている。そして私もまた……「自分が去る日」を考えるようになっていた。
・木下サーカス磐田公演開催中
──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス静岡・磐田公演は「ららぽーと磐田北駐車場 特設会場」で開催中だ。
テントの中では今日も誰かが芸を磨き、誰かがその役割を引き継いでいく。世代が少しずつ入れ替わりながら、サーカスは次の街へ、次の舞台へと進んでいくのだ。その空気をぜひ磐田の会場で感じてみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫














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