「豪、昔さ。うちに大リーガーが来たの覚えてる?」


ある日、姉が突然そんな話をし始めた。


「あ〜っ、覚えてる! 覚えてる! 誰だったんだろうね、あのメジャーリーガー……」


そう言われると、確かにそんな出来事があった気がする。だが、誰だったのかはまったく思い出せない。


これは、東京の片隅にあるごく普通の家──しがない屋根瓦問屋「羽鳥商店」に、ある日突然メジャーリーガーがやってきて、結果としてサインボールを置いていったという、ちょっと不思議な実話である。


果たして、あの男は誰だったのか。


・突然あらわれた大リーガー

時は2000年代の初め頃、2004年のことだ。私はまだ日本を飛び出し世界各国、放浪の旅をしていた時期で、たまたま一時帰国していたタイミングだった。


そのとき、実家で小さな事件が起きたのである。


当時、姉は実家に住んでおり、まだ赤ん坊だった姉の長男(私にとっての甥)を育てていた。


何をしていたのかは覚えていないが、その事件の瞬間、私はその場にはいなかった。


ただし、起きた出来事はこうだ──。


我が家は瓦問屋、「羽鳥商店」


ある日そこに、大柄な外国人と、日本人の二人組が現れた。話を聞くと、その外国人はメジャーリーガーだという。


なぜ瓦問屋に来たのか? 通訳によれば、その選手は日本文化が好きで、母国に家を建てる際、日本の瓦を使いたいと考えていたらしい。


とはいえ、屋根瓦をすべて日本から運ぶのは現実的ではない。そこでせめて「鬼瓦」を飾りたい──そう考えていたそうだ。


さっそく都内の瓦屋に問い合わせたところ在庫がなく、紹介されたのが取引先でもある我が家、在庫豊富な問屋である羽鳥商店だったというわけだ。



・祖父の心意気

しかし、その頃の羽鳥商店はすでに店じまいを控えていた。正直、胸を張って出せる一級品の在庫は、ほとんど残っていない。


とはいえ、せっかく来てくれたのである。祖父は、倉庫に残っていた鬼瓦をありったけ見せた。


すると、その外国人はその中の一つをとても気に入った。


「これが欲しい。いくらですか?」


そう言って購入を申し出た。


しかし祖父はこう答えた。


「それなら差し上げますよ」


店じまい間際に残っていた鬼瓦だ。特別な価値のある品というわけでもない。


それなら、欲しいと言ってくれる人に持っていってもらった方がいい。


金なんぞいらん。喜んでもらえるなら、それで十分。江戸っ子気質な祖父はそう判断したのだろう。


するとメジャーリーガーはとても喜び、感動した様子だったという。そしてお返しとばかりにボールを取り出し、その場でサインを書いて渡してくれた。


そこにいたのは祖父、祖母、父、姉、まだ赤ちゃんだった甥、そしてメジャーリーガーと通訳。合計7人。羽鳥商店を背景に、みんなで記念写真を撮ったそうだ。


「その写真、今どこにあるんだろうね」


姉はそう言った。


確かに私も見たい。そして何より、その男が誰だったのか気になる。こうして20年越しの調査が始まった──。



・手がかりはサインボール

まず叔父に聞いてみた。すると意外なことに、叔父はその場にいなかったにもかかわらず、なぜかサインボールを持っているという。


「見せて」と頼むと、叔父はすぐに家からボールを持ってきた。


そんなにすぐ取り出せる場所に保管していたことにも驚いたが、20年以上残してあることにも驚いた。それほどの選手なのだろうか? そう思い、


「これ誰のサイン?」


と聞くと、叔父はこう答えた。


だれだかわかんね(誰なんだかわからない)」


誰のサインなのかわからぬまま、20年以上も大切に(しかもすぐ出せる場所に)保管していたとは、叔父も叔父で、ただものではない……!


ただし、ボールの裏面には「OPENING SERIES」と書いてあった。さらによく見ると「ニューヨーク・ヤンキース」と「デビルレイズ」のチームロゴ、そして日付が書いてある。

2004年3月30日、31日。


調べてみると、この年、メジャーリーグの開幕戦が日本で行われていた。


東京ドーム。ヤンキース対デビルレイズ。


かなり絞れてきた。


そこで私はサインボールの写真を撮り、AIに見せてみた。するとAIは自信満々にこう答えた。


「桑田真澄です」

絶対に違う。姉も即座に「違う」と反応。


姉の証言によれば、そのメジャーリーガーは褐色の肌で、見上げるほど大きな男だったらしい。比較的色白な桑田氏とは明らかに違う。


そこで今度はSNSに投稿した。


「このサインボール、誰のものかわかる人いますか?」


すると、さまざまな推理が集まってきた。


AIに聞く人。筆記体から推理する人。当時の試合メンバーから絞る人。なかなか面白い展開である。


その中で、知人のデザイナーが “技あり” とも言うべき画期的な方法を用いての特定を果たした。


彼は、サインの筆記体を手がかりに、海外のオークションサイト「eBay」で同じサインボールを探したのである。頭よすぎ……!


すると、完全に一致するサインが何個も何個も見つかった!


そして、ついに名前が判明。


その男の名は──


ルーベン・シエラ。


プエルトリコ出身のメジャーリーガーで、打点王をはじめ、多くの実績を持ち、1980年代後半〜90年代を代表するスイッチヒッターとして名を馳せたレジェンド。


テキサス・レンジャーズを皮切りに、オークランド・アスレチックス、ニューヨーク・ヤンキース、デトロイト・タイガース、シンシナティ・レッズ、トロント・ブルージェイズ、シカゴ・ホワイトソックス、シアトル・マリナーズ……など数多くの球団を渡り歩いた外野手だ。


そして2004年、彼はヤンキースに在籍していた。


そう、つまり──


東京ドームで行われた、あの開幕戦のメンバーだ。


では、なぜその年、日本でメジャーリーグの開幕戦が行われたのか。


理由はひとつ。


松井秀喜である。


ヤンキース移籍2年目である松井選手の凱旋試合だったのだ。彼は2試合目でホームランをカッ飛ばし、これ以上ないかたちで日本のファンに「メジャーリーガー松井」を見せつけた。


そのチームメイトだったルーベン・シエラが、試合の合間に羽鳥商店を訪れ、鬼瓦を手に入れ、サインボールを残していった──。


そういう話だったのである。まだ集合写真は出てきてないが、ようやく謎が解けた。めでたし、めでたし。



・海外へ旅立った鬼瓦

現在、ルーベン・シエラは60歳。今どこに住んでいるのかはわからない。


だが、もし、海外のどこかにある彼の家に羽鳥商店から旅立った鬼瓦が飾られていたら、ちょっと嬉しい。


きっと天国に旅立った祖父や祖母、そして父も、同じように思っているはず。


あの日、羽鳥商店から送り出された鬼瓦は、まるで場外ホームランのように海を越えていった。


世界へ飛んでいった、小さな瓦屋の「おもてなし」。



執筆:GO羽鳥
Photo:RocketNews24

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