世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。華やかな舞台の裏側には団員たちの生活があり、家族のような日常がある。そんなサーカスの主役になるのは人間だけではない

今回は札幌公演で出会った1匹の野良猫の話である。札幌で出会い、全国を巡り、そして九州で奇跡の再会を果たした「サーカスの猫」の物語をお届けしたい。

・札幌で出会った野良猫

札幌公演の会場に1匹の子猫がいた。団員宿舎エリアでいつもゴロゴロ転がっている野良猫で、団員みんなから可愛がられている存在。人懐っこくてヤンチャ。ケンカをしたら絶対に負けない最強の猫だった。

サーカスには動物好きの団員が多い。犬や猫を飼っている団員は珍しくなく、爬虫類を飼っている強者もいた。ただ、いくら動物が好きでも野良猫を見つけるたびに拾って飼うわけにはいかない。しかし、この野良猫だけはちょっと特別だった。

休憩で裏(団員宿舎エリア)に戻ると、いつも誰かが遊んでいる。気が強くて怖いもの知らずで団員たちに可愛がられる野良猫は、まさに “サーカスの猫” だった。

札幌公演が終わる頃には「誰があの猫を飼う?」「ジェシーが飼うかも」「ティオと名付けたらしい」と、現場はティオの話題で持ち切りに。

そのまま流れに身を任せるように、ティオはアメリカ人ピエロのジェシーが飼うことになり、無事サーカスの仲間入りを果たした


・サーカス暮らし

先述したように、動物を飼っている団員は珍しくない。それぞれ個人で飼っているが、休日に出かける予定があれば先輩に世話を頼むこともある。団員全員で飼っている感覚。当然それぞれのペットの名前も顔も把握している。大家族なのだ、サーカスは。

ペットを飼ううえで1番大変なのは移動だろう。とくに長距離移動となるとケージに入れて公共交通機関(新幹線や高速バスなど)で移動するか、車を持っていれば車移動。数時間の移動ならコンテナに餌を入れて……ということもある。

日本人団員のコンテナ部屋は、3分割された5畳ほどの空間だが、ジェシーの部屋は倍以上の広さがあるので、ティオはよくコンテナで移動していた。

その後もティオは “サーカスの陰の主役” みたいなオーラを漂わせながら団員宿舎エリアで自由に暮らしていた。「いじめられている野良猫をティオが助けた」なんてエピソードも何度か聞いたことがある。強くて優しい、サーカスの裏番長だった。


・突然の失踪

そんなティオが突然いなくなったのは、約2年後の神戸公演から福岡公演へ向かう移動中のこと。神戸を出発するときにコンテナの中にいたはずのティオが、博多に到着して部屋を開けると……いない。いくら探しても、どこにもいない。

どうやら、ほんの少しだけ空いていた窓のスキマから外に出たらしい。移動前に雨よけのひさしを畳んで固定したため、本当にわずかなスキマ。でもティオなら気合いで飛び出したとしても不思議ではない。どこにいるんだ……ティオ。

1番考えられるのは、コンテナを運んだトラックが高速道路のサービスエリアで休憩した際に、窓をほんの少しだけ開けて脱出……ティオならあり得る。

すぐに女性団員たちがティオの写真を印刷し、宮島SA(広島)、下松SA(山口)、古賀SA(福岡)など、トラックが立ち寄ったすべてのサービスエリアを回って聞き込み調査を開始した

ポスターは貼ってもらえなかったが「この猫を見かけませんでしたか?」と声をかけ続けた。しかし、なかなか手がかりは見つからず

裏番長がいなくなったサーカスは明らかに静かになっていた。とくに飼い主のジェシーはかなり落ち込んでいたように思う。


・数カ月後

それから数カ月後。サーカスの事務所に1本の電話がかかってきた。「そちらのサーカスの猫を、うちで預かっています」って、え……?

ええええええええええええ!


話を聞くと、電話主は福岡県在住の女性。庭でたくさん猫を飼っている方で、少し前にティオが庭に現れたという。かなり疲れている様子だったが、餌をよく食べて今は元気だそうだ。ほかの猫とも仲良くやっているとのこと。

なぜサーカスに連絡をしたのか……理由はティオの首輪にあった。鈴の中に「木下サーカス(電話番号)」と書かれたメモ紙が入っていたらしい。

後日、予定を合わせてジェシーとティオは数カ月ぶりに再会。ティオは一瞬、ジェシーに気づいたような表情を見せたという。ジェシーはもちろん号泣。しばらくティオと一緒に過ごした後、ジェシーはティオが周りの猫と遊んでいる様子を見て決断した。


「もしご迷惑でなければ、ティオをこのままここで飼っていただけませんか」


相手も快く了承してくれたため、ティオは北海道の猫から九州の猫となった。


・仲間を思いやる心

サーカスは人間だけでなく、動物も含めて大家族のようなもの。ジェシーはティオを連れ戻すこともできた。しかし、ティオが新しい場所で幸せそうに暮らしている姿を見て、そこに残す決断をした。


愛するペットの幸せを1番に考えたジェシーの選択。それはサーカスの「仲間(家族)を思いやる心」そのものだったのかもしれない。


・立川公演開催中

──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス東京・立川公演は「立川立飛特設会場」で2026年2月23日まで開催されている。

華やかな舞台の裏側には、こんな小さな物語も存在している。温かい世界を立川の街でも感じてみてほしい。それではまた!


参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.