世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。全国を転々とするサーカス団員だが、年に1度だけ “旅をしない時間” がある。約1週間の長期休暇だ

団員たちは実家に帰ったり、さらに遠くへ旅に出たり、それぞれ自由に過ごす。私自身も休暇を使って香港ヨルダン北朝鮮などを旅してきた。そんな中、数年に1度だけ行われるのが「社員旅行」である!

2010年の行き先は事前アンケートの結果、上海とマカオに決定。上海では世界最高峰の雑技団を、マカオではシルク・ドゥ・ソレイユの常設公演を鑑賞する。観光と研修を兼ねた、サーカス団員ならではの団体旅行が始まった。

・社員旅行で海外へ

1年に1度の長期休暇。家族を持つ先輩の多くは実家や自宅でゆっくり過ごすため、社員旅行に参加したのは若手団員が中心だった。上海に到着するや否や、私とマ〜シ〜はご当地Tシャツと中華サングラスを購入。雰囲気は完全に修学旅行である。

先述のように、この旅は遊びだけではない。上海では上海雑技団、マカオではシルク・ドゥ・ソレイユ『ZAIA』を鑑賞するという “学び” も含まれている。とはいえ、それ以外は基本的に自由。それぞれ好きなように街を歩き、飯を食い、夜を過ごした。

上海では豫園(よえん)や外灘(わいたん)といった定番スポットを押さえつつ、上海タワーにも足を運んだ。ガイドブック通りの王道観光を楽しんだあと、現地に住んでいる同級生と再会し、深夜まで語り合ったのを覚えている。


一方のマカオでは、街の空気がガラリと変わる。巨大なホテル、まぶしいネオン、カジノ。

男性団員の多くはカジノへ消え、女性団員の一部はフェリーで香港に渡ってディズニーを満喫。さらに多くの団員が世界最高レベルとも言われるマカオタワーのバンジージャンプを楽しんでいた。

私はというと……『深夜特急』さながら大小のゲームに燃え、光の速さで数万円失ったことは記述しておきたい。


そしていよいよ本題──上海雑技団とシルク・ドゥ・ソレイユである。結論を先に言ってしまうと、上海雑技団が圧倒的に良かった


・上海雑技団に感動

派手な舞台装置はほとんどなく、演出も驚くほどシンプル。ただ目の前で、人間が人間の限界に挑み続ける。その1点に全神経が集中していた。

演者が技に入るたび、観ているこちらまで自然と手に汗を握る。成功すれば拍手……しかし、ほんのわずかなバランスの崩れ、呼吸の乱れが大怪我につながりかねない世界だ。その緊張感が舞台から客席へダイレクトに伝わってくる。

観客は「観ている」というより「一緒に耐えている」に近い。技が決まった瞬間、張り詰めていた空気が一気に解放され、会場が爆発する。困難な技に立ち向かう勇気。命が輝く瞬間を目の前で見せつけられている感覚。そんなもん叫ばずにいられるわけがないだろう。


公演後、出口で演者からDVDを購入した。「応援したい」と思ったからだ。なるほど、木下サーカスのお客さんもこういう余韻のまま財布を開くのか……そんなことを思った。



・ZAIAという完成形

そして数日後、マカオで観たのがシルク・ドゥ・ソレイユの常設公演『ZAIA』だった。会場はヴェネチアン・マカオ・リゾート・ホテル内の専用シアター。音響、照明、舞台装置、すべてが世界最高レベル。文句のつけようがない完成度である。

アーティストの身体能力も演技も圧倒的だった。技の精度、動きの美しさ、構成に至るまで、まるで1本の映画を観ているようだ

ただ、舞台があまりにも完成されているからなのか、上海雑技団で感じた「手に汗握る緊張」はなかった。あまりにも完璧すぎて観客が入り込む余地がないというか、どこか一方通行に感じてしまったのである。

いや、そもそもシルク・ドゥ・ソレイユの舞台はそういう完成された芸術作品だ。生の舞台というより、極上の映像作品を劇場で観ている感覚に近い。上海雑技団のあとに観たことで、小し寂しさを覚えてしまったのかもしれない。

上海雑技団とZAIA……どちらが上かという話ではないが、団員たちはサーカスに求められているものを感じ取ったのではないだろうか。

完璧な美しさより、洗練された演出より、観客と一緒に息を止め、成功を祈り、結果に震える。舞台と観客席が1つになるあの張り詰めた緊張感こそが、サーカスの魅力だと感じた。


上海で感じたあの空気は、木下サーカスのテントの中にも存在している。社員旅行中は遊びまくっていたため1ミリも気づかなかったが、今になってようやく120年以上続いている理由が少し分かった気がした。


・立川公演開催中

──というわけで、今回はここまで。現在、木下大サーカスは東京・立川で公演中(2026年2月23日まで)だ。映像では味わえない、あの張り詰めた緊張感と熱量をぜひ1度テントの中で体感してみてほしい。それではまた!


参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.

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