
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。サーカスの舞台を支えるピンスポットや音響の仕事をしながら、仕事後にはトレーニングの毎日。ほとんどプライベートのない環境だったが、サーカスにももちろん “休日” はある。
休演日は毎週木曜日で、当時(2000年代)は月に1度だけ水曜・木曜の2連休が組まれていた。団員たちは休日に疲れた体をメンテナンス……するはずもなく、知らない土地を思う存分味わうために「行きたい場所」「食べたいもの」を細かくリストアップ。
というわけで今回は、巡業先でもさらに旅をする、旅を求めるサーカス団員の休日の思い出を紹介したい。
・サーカスの休演日
休日をテント裏のコンテナハウスで過ごすのはもったいない。なぜなら顔を洗う炊事場で先輩に会って挨拶をするだけで “仕事モード” になるからだ。社員寮にいるような感覚だから、若手団員の多くは多少ムリをしてでも外へ出かけていく。
車を持っている先輩に便乗したり、レンタカーを借りたり、電車や夜行バスで遠征したり……休み明けの金曜日は午後からの公演。朝10時半に戻ってくれば仕事に間に合うので、水曜日の夜から出発すればミニ旅行だってできるのだ。
若手団員の多くは、このミニ旅行というか、休日を利用して少しでも遠くに行きたがる。というのも、木曜日(サーカス団員の休日)はどの観光地も空いていて最高……なのだが、近くのスポットにはほぼ確実に団員がいるからだ。
公園で倒立をして記念撮影しているのは団員。遊園地のジェットコースターではしゃいでいる金髪も団員。人気ラーメン店に並んでいるマッチョも団員……先輩に会って挨拶をすればせっかくの休日が仕事モードに逆戻り。
となると、公演場所からほど近いベタな観光地は家族や恋人のいる大先輩方に譲り、若手団員は遠く遠くへ……と、誰もいない他県にまで足を伸ばすことになる。
・広島から九州へ
──広島から目指したのは九州・熊本だった。車を運転するのは博士キャラの眠らないロボット・保坂さん(照明・空中ブランコ)、助手席には地図マニアの熱血コーチ・高岡さん。
そして後部座席には私と練習仲間のマ〜シ〜が座った。月に1度の連休をフル活用して遠征旅行が始まる。
高岡さんは鬼コーチとしての顔を持つ一方で、新しい土地に転居する度に、大きな地図を広げて街全体の位置関係を頭に叩き込む “地図マニア” でもある。
「旅の予算1万円」を彼に預けると、旅館・食事・高速代・燃料費まで徹底的に計算し、最適なルートを導き出す。まさに “生けるナビ” であり “生けるまっぷる” 的存在だ。
過去には佐渡島(新潟)、篠島(愛知)、東北最大級のアスレチック(秋田)など、どの旅も外れなしの完成度だった。
運転手である大先輩・保坂さんはほとんど寝ずにハンドルを握り続けた。博士キャラの彼は眠らなくても平気なロボットとしての顔も持つ。残りの3人は爆睡。目を覚ますと、そこは早朝の阿蘇だった。
・阿蘇に到着
阿蘇の大草原で馬とたわむれた後は、予約をしていた黒川温泉の宿「黒川荘」へ。桜が咲く季節。温泉も料理も最高で、女将からは「教授と生徒さんの旅行ですか?」と声をかけられた……さすが博士オーラを放つ先輩である。
1泊してチェックアウト後、女将が教えてくれた馬肉の名店を目指して出発した。当時はスマホもなかったので、現地で貴重な情報を仕入れるのが私の役目だった。これは今の仕事にもつながっている気がする。
予算オーバー確定だが “女将おすすめ” を食べずに帰るわけにはいかない。全員一致で馬肉を目指し、山道をドライブしていたら……カーブの先に横転している車を発見した。
・救出劇
しかも中には老夫婦の姿が……「大変だっ!」高岡さんが真っ先に車から飛び出し、私たちも慌てて続いた。ピンチを見れば舞台でも山道でも勝手に体が動く。サーカスの血である。
車体は大きく傾いたまま。急いで老夫婦を助け出さないと……しかしバタンと勢いよく車体を戻すのは危険だ。「慎重にやるぞ!」と高岡さんが指示を出す。
博士・保坂さんが車を押し、残りの3人で受け止め、ゆっくり車体を戻すことにした。そうすればバタンと戻ることはない。息を合わせて慎重に……その時だった。
「ヤアアアアア!」
保坂さんが突然、謎の掛け声とともに全力で車を押した。「えっ?」不意をつかれた若手3人は車体を受け止めきれず……車はバタンッ! と激しい音を立てて戻った。
「イテテテ」と老夫婦が首を押さえている……救出のはずが、逆に怪我をさせてしまった。高岡さんが「だ、大丈夫ですか?」と声をかけている間に、保坂さんが冷静に警察に通報。
「はい、横転した車を助けたんですが、どうやら首を痛めているようです」
・首を痛めているようです
その場にいた全員が思った……「お前のせいだろ」と。真面目なのか天然なのか、博士キャラ炸裂の瞬間だった。いや、でも一番動揺していたのは保坂さん本人だっただろう。
幸い、老夫婦は軽傷で済み、「本当にありがとう」と何度も頭を下げていた。私たちは安堵し、その場で記念撮影を1枚。別れ際、老夫婦が財布を取り出し「命の恩人です」とお金をスッと差し出してきた。
「いや、当たり前のことをしたまでです」「お金は受け取れません」と何度も断ったが「受け取ってください」と押し切られた。金額は覚えていないが5000円か1万円だったと思う。
結局、そのお金で念願の馬肉を食べた。人に笑顔を与えるのがサーカスの仕事だが、この日ばかりは人を助けて笑顔をいただいた。
馬肉の味はもう忘れてしまったけれど、あの緊迫感と笑顔は今でも鮮明に覚えている。旅先でのハプニングも、振り返ればすべてサーカスの一部だった。
・立川公演は11月15日から
──というわけで、今回はここまで。木下サーカスは名古屋から東京に場所を移し、11月15日から「立川公演」が始まる。この機会に100年以上受け継がれてきた “本物のサーカス” をその目で確かめてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫









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