歳を重ねると、気の合う人との出会いが少なくなる……。というかほぼなくなる。若い時分には誰彼構わず友達になれるほど、誰とでも調子を合わせられたはずなのに、そこそこの年齢になると人と調子を合わせるのが億劫で。調子良く誰とでも合わせられた時代が懐かしい……。

そんな私は最近、やけに気が合うと思える人に出会った。名古屋のバーのオーナー、松野浩司さん(通称キタさん)だ。まだ2回しか会っていないけど、なぜか調子が合う。波長が合う。なぜ合うのか? こういうのは理屈じゃないんだよな~。

・5月に名古屋で

私がキタさんに初めて出会ったのは、2025年5月に名古屋を訪ねたときのことだ。愛知・豊橋にブラックサンダーの工場取材に行った際に、その足で名古屋に出た。その夜に、彼の営むバーに訪ねたのであった。

その日は朝10時に豊橋入りだったこともあり、夕方に名古屋に来た段階でかなり疲れていた。それでも食事をした後に1杯だけでも飲みたい気分になって、あてもなく栄から錦の界隈をフラフラとさまよい歩いていた。


・エレベーター前の看板

遠方に出かけるとき、私は必ずどこかで飲む。見知らぬ街の見知らぬお店で、お店の人や常連さんと意気投合、そんな場面を期待して扉を開くのだ。いつもそうとはいかないけど、2年前に福井を訪ねた際には、店の常連さんとやたらと気が合ってご馳走になったりした。

「また会いましょう。東京に来られたら、俺がおごりますよ」

その約束はいまだに果たされていないけど、一瞬でもお互いわかり合えたと思える瞬間が心地いい。その出会いのおかげで、私は以前よりもずっと福井が好きになっている。


名古屋でもそんな出会いに期待して、疲れた身体を引きずって栄周辺の街をトボトボ歩く。

扉が半開きのバーらしきお店を覗いてみた。1歩踏み入れたけど、どうやらマスターは虫の居所が悪かったらしく、妙に冷たくあしらわれる。私はおもむろにスマホを取り出して、さも忘れていた用事を思い出したようなフリをして、「また来ます」と言って扉を締めた。

むやみに出会いに期待すべきではないな。今日はもう宿に帰って寝よう……。


そう思いながらも界隈をもう1周。GoogleMapsを確認すると近くにバーがあるらしい。そこでダメなら引き上げよう。1階に居酒屋のある建物の3階だった。エレベーターの脇に店の案内があり、こんな言葉が綴られていた。

「弾き語りと弾きたがりの店」

いい言葉だな。わかる、その気持ち。私も昔はアコースティックギターをかじって、オリジナルの曲を作っていたクチなので、酔っぱらうと弾きたがる気持ちはわかるなあ。ここを覗いてダメなら帰るぞ。


・なんで入って来たの?

さて、入口まで来てみた。お店の名前は「if」

初めて扉を開けるその瞬間がいつも1番緊張するんだよなあ。何が待っているのかわからない。さっきのお店みたいに不機嫌なマスターがいて、居たたまれない気持ちで1杯飲むことになったらイヤだな~……。


よく見ると「EFES(エフェス)」のシールが貼ってある。珍しいな。

トルコのビールブランド「EFES」。そういえばずいぶん昔にトルコに行ったときに飲んだっけなあ。今でもこのロゴを見ると、当時のことを思い出す。これは「ここに入れ」っていうサインだな。よし、お邪魔します!


入るとそこは、屋根裏のような設えの落ち着いたバーだった。お店の規模は1杯飲むのにちょうど良い広さ。


奥にはギターやキーボード、そのほか音響機材が置かれている。どうもライブをやっている様子。その昔、うちの地元にあった弾き語りのお店を思い出させる。


そしてカウンターを見ると、お店のスタッフと常連さんと思しき方々がグラスを傾けていた。そのうちの1人のネクタイ姿の男性が私にこう言ったのだ。


「なんで入って来たの!?」


その声は決して突き放す類のものではなく、ただただ純粋に疑問を投げかけるものだった。

「『弾き語りと弾きたがりの店』って面白いなと思ったもんで」

てっきり常連さんかと思ったら、この人がこのお店のオーナー、キタさんだった。経営者が客に「なんで入って来た?」なんて普通聞かないと思うんだけどなあ。なんか面白いなこの人。私は瞬時にこの人のユニークさに魅了されていた。


仕事で東京から来たことを伝えると、キタさんは矢継ぎ早に質問をなげかけてきた。それらにほどほどの冗談を交えて応えると、キタさんは笑う。それもとても大きな声で。その笑いにとても受け入れられている気がして、私は妙な安心感を覚えた。店と客、そういう関係ではあるけども、それを超えた居心地の良さがある。

1杯飲んで帰ると決めて、扉を開けたはずなのに、もう1杯、また1杯と飲めてしまう。結局この日は何杯飲んだんだっけなあ? 気づけばこの場は私を中心に話題が回っていた。キタさんは何度も言う「佐藤さん、あんた面白いねえ」って。オシャレで話上手、初対面の私を面白がってくれているキタさん、あなたの方が私よりずっと面白いですよ。

キタさんはこのお店を12年経営している。実はそれより前から似たような形で営業していたそうだが、前のオーナーが別店舗の営業にかまけてしまって、手が回らなくなり、常連だったキタさんが店を引き継いだのだとか。以前の形を踏襲しつつ、キタさんなりに改良を加えて、今の形に落ち着いているという。


・生演奏で歌えるお店

そんな最初の出会いから約半年、羽鳥との5000円対決で東京から豊橋の手前まで行っていた私は、キタさんの顔を見に行こうと再び名古屋を訪ねていた。

この日も「1杯飲んだら帰る」、扉の前でそう誓ったはずなのに、気づけば2杯、3杯とグラスを空けて、前回同様にマイクを握っていたのだった……。

ここは生演奏で歌えるお店、ピアニストが常駐しており、リクエストに応えてくれる。私は初回も歌わせて頂き、今回も自動的に歌うハメに。前回BEGINの『恋しくて』を歌ったことを、キタさんが覚えててくれてまずは1曲この歌をうたい、他のお客さんがスターダストレビューの『木蘭の涙』を歌われたのを見て、次はチャゲ & 飛鳥の『ひとり咲き』を熱唱。


そして最後に再びキタさんリクエストの沢田研二の『時の過ぎゆくままに』。キタさん直々にギターを持ち出して伴奏して頂いた次第した。


・調子が合う人

出先での出会いが特別な気持ちにさせている。それでも調子の合う人とは、理屈ではない何かがあると私は考えている。そうでなければ、かたや東京、かたや名古屋で、出会うきっかけすらないなかで過ごし、たまたま私が看板を目にしただけで、引き合わされたのだから、やっぱり理屈では語れない何かがあるのではないか。

そうでないなら、私よりもむしろキタさんに、人を引き寄せるものが発せられているのかも。私はそれに引き寄せられたに違いない。そうして調子の合う人同士は引き寄せ合うのかも

次はいつになるかわからないけど、あの豪快な笑い声を聞きに、私はまた錦のバー「if」に行く。きっとまた沢田研二を歌わされるのだろう。

・今回訪問した店舗の情報

店名 if
住所 愛知県名古屋市中区錦3-15-3 エイゼンビル 3F
時間 19:00~翌2:00
定休日 日曜日

執筆:佐藤英典
Photo:Rockenews24