
世界一のサーカスをめざし、普通の大学生が木下サーカスに入団。客席後方からアーティストにスポットライトを当てる「ピンスポット」の担当となった私は、休演日の木曜日以外は平日2公演・土日3公演と毎日照明を当てながら特等席でサーカスを見ていた。
哀愁漂うトランペットで幕を開けるオープニング。トランペット奏者の合図でピンスポットは地上約14メートルの鉄棒の上に立つ男(服部さん)を照らす。服部さんは両手を広げたまま身体を前に投げ出し、グルングルンと大車輪を披露。命綱は付けていない!
「キャァァアアア!」という悲鳴が場内に響き渡る。ツカミはバッチリだ。服部さんの大車輪に合わせてライトもぐるりと円を描き、爆発音とポーズに合わせてライトを消す……よし! 客席後方で私は、服部さん以上にやりきった顔をしていた──。
・2年目
団員生活にやっと慣れてきた2年目。私は相変わらずピンスポットを担当していて、なんならピンスポットをする夢を見るくらいサーカス漬けの日々だったが、もちろん私の仕事はピンスポットだけではなかった。
「新潟の奇跡 〜私があなたを幸せにしたかった〜」の思い出に浸りながらやってきたのは、千葉県柏市。つくばエクスプレス「柏の葉キャンパス駅」の目の前がサーカス会場だ。
・コンテナ暮らし
現場で働く後輩は2人できたが、1人は3カ月で退社。サーカスは来るもの拒まず去るもの追わず。やめたくなったらやめればいいが、やっとできた後輩が3カ月でいなくなるのはさすがにショックである。サーカスは家族みたいなものだからだ。
団員たちはテント裏の敷地でコンテナ暮らしをしている。「トラックの荷台」と言った方がイメージしやすいだろうか。
独身者にはコンテナを3等分した5畳ほどの部屋が与えられ、各部屋にはライト・窓・コンセント・換気扇が備え付けられている。あとは自由……とは言っても、ベッド、テレビ、冷蔵庫、小さなタンスを設置するくらいで精一杯。
テレビを購入したら、アンテナを持っている先輩に「アンテナ線を分配してください」と頼んで電波を分けてもらう。はじめて自分の部屋のテレビが映った時には「おおー! 映りました!」と感動したものだ。
炊事場、お風呂、トイレはそれぞれ共用のコンテナがある。当時、朝食と昼食は地元のお弁当屋さんが準備をしてくれるシステムで、朝は大釜のご飯と味噌汁が食べ放題で漬物付き。部屋から茶碗と箸を持っていき、好きなだけご飯を食べることができた。
新潟や山形のご飯はとくに美味しくて、普段朝食を食べない団員も茶碗を持って炊事場に集まっていた。まさに同じ釜の飯を食う仲間。食べ終えたら炊事場でそのまま茶碗を洗い、歯を磨いて各部屋へと戻っていく。身支度を整えてから出勤するという流れだ。
・サラブレッドの後輩
多くの先輩は朝練後に朝食を食べていたが、私は朝食前に「駐車場のライン引き」という新人ならではの作業をしていた。また開演前と開演後には、誘導棒(赤い棒)を持って交通整理も行っている。
後輩の1人が3カ月でいなくなり、もう1人(彰吾)は両親がサーカスのスターというサラブレッドで中学卒業後にそのまま入団……実質1番の新人は私のままだった。
生まれも育ちもサーカスの彰吾は朝が弱い & 不機嫌で絡みづらいため、駐車場のライン引きみたいな雑用仕事はとりあえず私がやることに。
彰吾は入団前(中学3年生の頃)から弟のように可愛がっていたが、いざ後輩になると面倒な雑用をしないわがままキャラ全開。はじめての後輩が「両親レジェンド & 9個下」はさすがに扱いづらい。しかも彰吾は入団前と同じように私に甘えてくる。
仕事中は我慢をしていたが、たまに日頃のうっぷんを晴らすべく、愛媛の川で彰吾と相撲を取った時には容赦無く川底に沈め、ステージで柔道対決をした時には死ぬほど思いっきり背負い投げをしてしまった。
ただ……今思うと、彰吾に柔道や腕相撲で負けないように筋トレを始めたことが、その後のサーカス人生を変えるキッカケとなった気がする。後輩というより、兄として弟には絶対に負けられなかった。
当時は後輩ガチャでえげつないハズレを引いたと思ったが、結局、彰吾は今でも弟のような存在だし、彰吾のおかげで素晴らしいサーカス生活を送ることができたと思っている。
・大家族のような生活
話を朝食に戻すが、私も雑用係の新人ながら「お前は体が大きいからたくさん食え!」と先輩方からイジられつつ美味しいご飯を無限に食べさせてもらった。老いも若きも同じ釜の飯を食う。サーカスは家族みたいなもの……ではなく、もう家族である。
仕事後、お風呂はだいたい21時まで。風呂当番の団員が21時以降に掃除を始めるからだ。家庭用の浴槽が2つ、シャワーが3つ。女風呂は先輩から順番にという暗黙のルールがあり……コンテナ前に並んでいる先輩のサンダルを確認しつつ順番を待つ。
一方、男風呂にルールはない。タイ人の先輩・ジョーさんと一緒になると「タイカレー食べるか?」と言われてカレーをお裾分けしてもらえるし、ベテラン団員の八田さんと一緒になると「鍋あるから風呂上がったら食べに来いや」などと誘われる。ありがたいことだ。
・レジェンドと一緒の風呂
同い年の先輩・中尾さんは中国のレジェンド・ザオさん(60代)と一緒に風呂に入ったことがある。ザオさんは大きなツボを頭上で自由自在に操る伝統芸の継承者。ひと昔前まで、新人に柔軟性トレーニングの厳しい指導をしていたらしい。
シャワー派の(お風呂とは別にシャワールームが男女1つずつある)ザオさんとお風呂で一緒になるのはかなりレアだ。そんなザオさんは慣れていない洗い場で熱湯用の蛇口をひねり、50〜60度のシャワーを全身に浴びて「アイヤーーー!」と叫んだという。
その光景を目撃した中尾さんは「中国の方は本当にアイヤーと叫ぶんだね」と感想を述べていた。その話を聞いてから、我々はザオさんと一緒にお風呂に入るチャンスをうかがっていたが、その後ザオさんをお風呂で見かけた者は1人もいない。
それはさておき、お風呂(21時まで)に入らず外食をする時は、帰ってきてからシャワーを浴びる。先に述べたようにシャワールームは男女1つずつなので、その時は「先輩からどうぞ!」となる。
何人かで飲みに行く時に、買い物帰りの八田さんと会うと「お前ら飲みに行くんか。ちょっと待て、これで足りるか?」とお小遣いをくれた。「いやいや大丈夫です」「いいから美味いもんを食べてこい」と、先輩はいつだってカッコ良かった。
・柏公演の思い出
2005年の柏公演の思い出といえば、会場近くの「超能力を持つ寿司屋」を紹介してもらったこと。雲を消せるという店主が、彰吾に「麦茶がコーラの味になる催眠術」をかけ、彰吾はまんまと「本当だ! コーラだ!」と驚いていた。
私も同じ催眠術をかけてもらったが、麦茶は完全に麦茶のままで「コーラかもしれません……」と苦しいリアクションをした。素直な彰吾は催眠術がかかりやすかったのかも。その後、店主から「運気の上がるステッカー」をもらって自分のコンテナに貼った。
サーカス団員は西暦ではなく「沖縄」「新潟」「柏」など “公演地” で思い出を語る。2年目の柏公演では、駐車場の整理や客席案内、そしてピンスポットの毎日。サーカス生活にも慣れてきた頃で、1番の思い出が「超能力寿司屋」になるのも納得である。
ちなみに柏公演は約2カ月半で22万人以上の方が来場。実はサンジュン記者も遊びに来ていたらしく、サンジュン記者の妹さんは公演バイト(客席案内、売店のレジ打ちなどを地元のアルバイトさんが担当する)をしていたそうだ。
もしかするとサンジュン記者と会場内ですれ違っていたかもしれないし、妹さんと話したことがあるかもしれない。いつか答え合わせができたら面白いのに……これも何かの縁かもしれませんね。
・木下サーカスは名古屋市で公演中
そんなわけで今回はここまで。現在、木下大サーカスは愛知県名古屋市の「白川公園」で公演を行っている。公演は10月27日まで。お近くの方はぜひ足を運んでみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫








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