東京・御茶ノ水の老舗ホテル「山の上ホテル(HILLTOP HOTEL)」が2024年2月13日から当面のあいだ休業する。
創業70周年、竣工から86年を迎える建物の老朽化への対応を検討するためだというが、休館時期は未定。
山の上ホテルといえば、川端康成や三島由紀夫など多くの作家たちに愛された場所。クラシカルな客室はもちろん、ホテルの中のレストランやバーもまた名店ぞろい。
私も文学少女の端くれとして、休館前にコーヒーパーラーヒルトップの名物「プリンアラモード」を食べに行った。
ドリンクとプリンアラモードで3100円というホテル価格だったのだが、値段以上の体験をして感動して帰ってきた……。
・コーヒーパーラー ヒルトップ
山の上ホテルの中にある「コーヒーパーラーヒルトップ」はクラシカルな洋食とホテル自家製のスイーツが楽しめる喫茶室。
休業発表後は整理券を取らないと入れないような状態だという。私が訪れたのは、月曜日の朝。開店1時間前の10時半にお店を訪れたところ……。
平日の朝とは思えないほどの長蛇の列! すでに50人近く並んでいたと思う。まずこれが衝撃的だった。
そして、私が並んだあともどんどん列は伸びていき、新幹線で来たという声も聞こえてきたので、全国からファンが訪れているようだ。恐るべし、山の上ホテル。
列の並びが多いので、開店30分前の11時から前倒しで整理券を配布。
ちなみに、私は開店直後の1巡目のグループには入れなかった。
・思いのほかすぐに案内され……
順番になると携帯に呼び出しが入るので、ロビーで休憩しながら待機。
ものすごい人数だったのでかなり待たされるかと思いきや、開店から30分強で呼び出しが来て席につけたのでビックリ。
ホテルの喫茶室というだけあって、全部で50席もあるので席の回転が早いよう。
さて、今回のお目当てはクラシカルな「プリンアラモード」である。
今では珍しい白鳥型のシュークリームと、固めのプリン、特製バニラアイスに季節のフルーツが飾られた華やかな一品。お値段はホテル価格の2000円。そして、いっしょに頼んだ紅茶が1100円。
デザートとお茶だけで3100円という、ランチコースが食べられるような値段なのだが、運ばれてきた瞬間に「これは3100円の価値がある……!」と思った。
まず、プリンアラモードが芸術品のように美しい。見本写真と寸分たがわぬ、美しいデザートが目の前に現れたのだ。
食べるのが惜しくて、美女を目にしたカメラマンのように写真を撮る手が止まらない。
繊細な白鳥のシュークリーム、台形の角度もカラメルの色も完璧なプリン、白いバニラアイス、鳥の翼のようなリンゴの薄切り、宝石のような色とりどりのフルーツ……。
神は細部に宿るとは言うが、どの角度から見ても完璧な美しさなのである。
さらに驚いたのは注文から出てくるまでの早さ。店内は満席のうえにプリンアラモードは手のこんだメニューなのに、5分もかからなかったと思う。私ならこのリンゴの薄切りだけで1時間はかかるだろう。
かといって、よくある食堂みたいな作りおきでは全くない。紅茶もお湯を入れたポットにティーバッグをドボン! とかじゃなく、完璧な状態でサーブされている。
老舗ホテルの凄みを感じた。長蛇の列にも関わらず、回転が早いのも納得である。
・ひとくち食べてまた感動
とはいえ、見た目が美しいだけのスイーツなら、今の世の中には溢れている。いちばん肝心なのは味であろう。
この美しいフォルムを崩したくない……と思いつつ、まずは主役のプリンをひとくち……。
卵の香りと優しい甘さが口の中いっぱいに広がっていく。プリンの固さもカラメルのほろ苦さも完璧である。懐かしい美味しさなのに、洗練されている。
そして食べるのがもったいない白鳥のシュークリームは、シューの皮が香ばしく、生クリームの甘さは控えめ。なんと繊細なお菓子だろうか。
プリンもシュークリームも素晴らしかったけれど、実は一番驚いたのはバニラアイスの美味しさだった。
バニラの香りが他のアイスと全然違う! バニラの甘さといっしょに花のような香りが口いっぱいに広がる。こんなに美味しいバニラアイスは人生で初めてである。
そして、プリンたちを彩るフルーツたちがまた全部フレッシュで美味しいのだ。
プリンやアイスの甘さに決して負けない。こんなに見た目が美しくて、味まで美味しいって何? ガラス皿の上に乗ったお菓子も果物も一品一品はすべてシンプルなのに細部まで丁寧に作られていて、完璧な美味しさだった。
スイーツでここまで感動したのは久しぶりだと思う。
・実は紅茶もすごい
感動はプリンアラモードだけで終わらなかった。紅茶を飲んで、私はさらなる衝撃を受けることになる。
ポットサービスとはいえ、1100円というホテル価格の紅茶。紅茶の味はもちろん美味しいのだが……
驚いたのはバラが描かれたカップアンドソーサーだった。
たまたま先日、デパートの食器売場で見かけたものが出てきて「あれ、このティーカップすごく高かったような気がするぞ」と思って、そっと調べてみたら……。
ヘレンドという高級食器ブランドの「ウィーンの薔薇」というシリーズのもので……
\1客なんと 2万7500円!!!!!!!!/
こんないいものお客さんに出しちゃうの!? 私だったら2万7千円もするカップアンドソーサーを持ってても、誕生日とかの大事なときにしか使わない。ヘレンドのカップアンドソーサーが出てくるってだけで1100円は安い気がしてくる。
ちなみに、山の上ホテルは館内の至るところに薔薇の花が飾られている。
コーヒーパーラーヒルトップの天井に飾られたシャンデリアは陶器でできたピンクの薔薇のモチーフ。
カップアンドソーサーも薔薇にちなんだセレクトだったのではないだろうか。
なんというおもてなし。さすがは数多の文豪たちを出迎えたクラシックホテルだけある……。
・館内の意匠がすばらしい
山の上ホテルは館内の調度品や建築デザインなど、細部にいたるまでこだわりがつまっていて、歩くだけで自分が小説や映画の登場人物にでもなったような気分になる。
シャンデリアやランプ、階段に使われたタイルや床の文様、小さなサイドテーブル、フロア案内のステンドグラス……。
階段の手すりや腰壁、エレベーターのまわりやカウンターに大理石がふんだんに使われているのだが、色が微妙に違う。
ロビーにある大きな書物机では作家たちがいろいろな調べ物をしていたそう。
ちなみに、ロビーのテーブルやレストランで使われている白いテーブルクロスは近沢レース店に特注したもの。
よ〜くみると縁のレースが「HILLTOP HOTEL」のスペルになっている。
出版社が多い神保町にほど近いこともあって、作家が「カンヅメ」になるホテルだったというの納得の美しさ。ここで沢山の作品が生まれたのだろう。
古き良きクラシックホテル、山の上ホテル。できればこの美しさはそのままに、休館からかならず戻ってきてほしい。
参考リンク:山の上ホテル
執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.
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