昨年末、一部界隈にあるニュースが走った。若干28歳のMeta社(旧Facebook社)社員がクルーズ船「MV Narrative」の一室を12年間リース契約し、船上でリモートワークをするという。

その支払いはエントリークラスの部屋&食事抜きで約4000万円、最高クラスの部屋で10億円超え!

「どんだけ勝ち組だよ」という叫びはさておき、いったいどういった毎日になるのか興味津々だ。筆者の知る、MV Narrative号より遥かにリーズナブルな船で妄想してみた。

なおMV Narrative号は建造中で、2025年の出航を予定。そのため船内設備やサービスの詳細は「たぶんこうだろう」という予想。文中写真も他船のものだ。


・「居住型」のMV Narrative号

現在、世界で航行するほとんどの客船は、数週間から数カ月間のバカンスを過ごすためのもの。

対してMV Narrative号では、多くの客室が長期賃貸住宅として貸し出されるという。つまり「住むため」の船だ。

船内にはクリニックからランドリー、スーパーマーケット、ジム、ライブラリー、コワーキングスペースなどを備える。1カ所につき数日滞在しながら、3年ほどかけて世界をめぐるという。耐用年数は60年だ。


・食事は1日7回!?

毎日の食事はどうなるのだろうか? 「1日7回の食事がある」とも称されるクルーズ客船。

だいたい早朝の軽食サービスから始まり、朝食、昼食、ティータイム、アペリティフタイム、夕食、夜食といった具合だ。欧米の船では24時間オープンのビュッフェレストランも珍しくないので、その気になれば一日中食べていられる。

日本船では和朝食か洋朝食か選べたり、外国船ならビュッフェかテーブルサービスか選べたりする。複数のメニューから「前菜はこれ」「メインディッシュはこれ」とセレクトできることも多い。

ほかに「寿司店」「ステーキ店」など専門店(スペシャリティレストラン)を追加料金で利用できることもよくある。

20のレストランとバーを備えるというMV Narrative号。ゆえに「食事に飽きる」ということはまずないだろう。外国船で日本食が恋しくなるというケースはあるが、同じ文化圏の船に乗るならまったく問題なさそう。

これらの食事はほとんどの船で前払い、何回食べても料金が変わらない「オールインクルーシブ」制だ。

前述のMeta社員の場合、飲食、ランドリー、健康診断が含まれるオールインクルーシブを適用すると、1カ月あたり2100ドル(約28万円)の追加費用がかかるとのこと。

アルコールはだいたい別料金だが、本当にラグジュアリーな船はそれも含まれる。おそらくMV Narrative号はアルコールも込みだろう。


・医療は? 洗濯は? 郵便はどうする?

「洋上にひとつの街がある」なんて形容するクルーズ船だが、それはあくまで「たとえ」だ。本当に何カ月も船上で暮らすなんてことができるのだろうか。順に見ていこう。

料金はかかるが、クルーズ船には船医と看護師がいてクリニックを設けていることが一般的だ。船上で対応できない緊急事態には最寄りの港に寄港する。

洗濯はホテルのように「朝出すと翌日戻ってくる」といった有料のランドリーサービスがあるし、セルフサービスのコインランドリーやアイロン室を設けている船もある。

入浴は客室のシャワールーム・バスルームを使うか、日本船では温泉施設も顔負けの無料の大浴場を設けている。

欧米の船では「スパ」という考え方になるので毎回料金がかかったり、水着着用だったりするが、ジャグジーやサウナがあったりする。


船内に有料のエステや美容室があるのも一般的だ。筆者も船上で髪を切ったことがある。

ジム、プール、ヨガスタジオ、インストラクター指導のフィットネスプログラムなどもよくあるから、マジメに取り組めば陸地以上に健康管理もできるだろう。

ほかに娯楽施設としてシアター、ショーラウンジ、ライブラリー、ゲームコーナー、講座や講演……ちょっと待て、むしろ地上より楽しく暮らせそうじゃないか。

通販などは利用しにくいが、おそらく郵便なんかは寄港地の船会社事務所に届けてもらうことになるんじゃないだろうか。


・本当に仕事できるのか?

リモートワークに欠かせないのがインターネット環境。ましてやMeta社の拡張現実・仮想現実部門なんていったら、高速通信網が必須のはず。

これまでも船上で有料インターネットサービスを提供する船は多くあった。瀬戸内海など陸地近くを航行するときは、手持ちのスマートフォンでも電波をキャッチできる。


しかし、海上で用いられるのは衛星通信。接続は非常に不安定で速度も遅く、筆者の知る限り、実用できるのはテキストメールくらい。画像をアップロードしたり、動画をダウンロードしたりといった使い方は事実上不可能だった。

筆者の知らないあいだに、ものすごい技術革新があったとかなら別だが、満足に仕事ができないこともあるはずだ。たぶんそう。きっとそう。そうでなきゃ不公平だ!


・居住者同士の派閥もあるらしい

前述のMeta社員は一生のつきあいができる新しい友人との出会いも楽しみにしているとか。

実際のところ、もともと「晩餐会」や「パーティー」の文化がある欧米の乗客は、ごく自然に初対面の同乗者との出会いを楽しむ。むしろそれが目的と言ってもいい。


しかし、ことはそう簡単ではないかもしれない。


筆者はもちろん居住型の船に乗船したことはなく、以下に述べるのはあくまでウワサ。とはいえ客船評論家と呼ばれる人物や、世界一周クルーズなどに船医として長年乗船した人物の発言なので、ある程度の信憑性があると思ってもらっていい。

短期のクルーズと異なり、同じメンバーが長く顔を合わせていると起こること。それは人間関係の軋轢(あつれき)だ。

シニアの多い世界一周クルーズなどでは、仲のよいグループ、仲の悪いグループが自然と形成され、「○○さんが意地悪する」と船室から出られなくなる人もいるとか。

居住型の客船には「The World」という先例があり、自治会のような組織で寄港地などを決めるそうなのだが、意見がまとまらないこともあるらしい。


・すごい楽しそう

社会人として十分な仕事ができるか、と言われればおそらく難しいのではないかと思う。オンラインミーティングの最中に回線が安定しているとは限らないし、船が揺れるとパソコン画面に向き合うのもつらい。

けれど、めちゃくちゃ楽しい毎日だと思う。バルコニーから大海原を眺め、気が向いたら寄港地観光に出かけ、夜は生演奏を聴いたりショーを見たりして、好きな時間に飲食する。この世の楽園じゃないだろうか。

結局なにが言いたいかというと「うらやましいぞ、こんにゃろー!」ってことだ。


執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.