TwitterやInstagramを見ていると、必ずといっていいほど流れてくる漫画の広告。何ページか実際に読めるようになっていて、続きが気になってしまいポチっと買ってしまったこともしばしば……。
雑誌で連載されている人気作はもちろんだが、最近はwebオリジナル作品も多い。そうしたwebオリジナル作品の広告を見ていて思ったのだが……。
なんか異常に「転生モノ」と「悪役令嬢モノ」の作品が多くない? しかも設定があまりにも似すぎているような……。気になったので、漫画編集者に転生モノブームについて聞いてみた。
・転生モノとは?
ここでいう「転生モノ」とは、現世で不遇だった主人公がなんらかのきっかけで、現世とはまったく違う人物として異世界に転生する……といった作品を指す。
違う人物に生まれ変わってはいるが、現世での記憶だけは残っており、現世での知識などを生かして転生先で活躍し幸福を手にする……といった展開が多いのが特徴である。
ちなみに、大手コミックサイト『まんが王国』で「転生」を含む作品を検索してみたところ……
なんと1771件もヒットした!
ちなみに「悪役令嬢」は365件ヒットした。いくらなんでも多すぎでは……?
・現役漫画編集者に話を聞いてみる
というわけで、今回、話をうかがったのは、大手出版社で10年以上漫画編集をしているYさん。手掛けた作品がアニメ化されたり、漫画賞を受賞したりしているベテラン編集者だ。
──こういった転生モノブームのきっかけとなる作品とかあったのですか?
Yさん 転機になったのは『転スラ(転生したらスライムだった件)』のヒットかなと思います。もともとこの作品は『小説家になろう』という小説投稿サイトで人気になった作品のコミカライズでした。このサイトで人気になった作品に転生モノが多かったことで、転生モノ自体が「なろう系」と呼ばれることもあります。
──なろう系、って聞いたことあります。もともとは小説だったんですね。転生して別の人になるから「なろう系」かと思ってました。
Yさん これまでのタイムスリップものとかだと、主人公が今の姿のままで過去や未来に行って活躍する「転移モノ」が多かったんです。いっぽう、いま流行っている「転生モノ」の特徴は、主人公が現世で亡くなったり事故に遭ったりして、目を覚ますと、現世の記憶はそのままに異世界のまったく違う人物になっていた……という展開なんですね。
──たしかに、転生先だと見た目も職業も全然違う人になってますね。
Yさん それは全く違う人物になって生き直したい、という読者の思いがあるのかなと思います。あと、特徴的なのが、現世でどんな人物だったかという主人公のバックグラウンドがそこまで重視されないところ。
──なるほど。たしかに主人公が転生前にどんな人だったかって深く描かれていない感じはします
Yさん 第1話の数ページでいきなり主人公が亡くなって、すぐに異世界に転生の物語が始まる……という感じなんですよ。どんなキャラだったかという生い立ちはあんまり重視されず、とにかく今生きている人物が死んで新たな人生を送る……ということが重要なんだなと思います。現世のキャラに感情移入が不要な作りになっているのも驚きでした。
・女性はなぜ悪役令嬢に憧れるのか?
──個人的に気になるのが、転生モノのなかでも女性向けコミックは現世で気弱だった女性が「悪役令嬢」になるものが多いことです。 生まれ変わったら主役になりたい気がするんですが……なんで「悪役令嬢」なんですかね?
Yさん あの、少女漫画の主人公って、長らく「健気な女の子が報われる」ってパターンだったと思うんですよ。でも、SNSの発達でリアルな人間像やリアルな恋愛が可視化されていったことで「健気な主人公」が飽きられてしまった面があると思うんですね。
──たしかに、少女漫画の主人公みたいに素直でピュアに生きられるのは激レアさんかもしれない……
Yさん その点、悪役令嬢って、気が強くて、嫌なやつにも言いたいことをハッキリ言える。そういったところが魅力的に映るんじゃないかなと思います。また「婚約破棄モノ」も人気ですね。男性による支配からの開放を描いてる点が共感を呼んでいるのかもしれません。
──なるほど! 令嬢だから財力もあって、ワガママもききますしね。男性相手にハッキリものを言えるのは、たしかに無敵かもしれない……
Yさん ちなみに、男性向けだと転生モノの派生ジャンルとして「ざまぁ系」というのがあります
──「ざまぁ系」? どういうことですか?
Yさん 「ざまあみろ」でざまぁ系です。転生ではないんですが、ある勇者のパーティーを無能扱いされて追い出された主人公が、他のパーティーに入ったら大活躍。いっぽう、主人公を追い出した勇者のパーティーは主人公が抜けたことでボロボロになってしまう……みたいな展開の作品です。復讐モノに近い要素がありますね。
──なんか『スカッとジャパン』ぽいような。ちなみにYさん自身は転生モノの作品を担当したことってありますか?
Yさん こうした作品が流行したこともあって、私自身も上長から「次の連載は転生モノで」と言われましたね。転生モノではないのですが、異世界を舞台にした作品は企画したことはあります。でもちょっとモヤっとしている部分もありまして……。
──流行ってるってことはある程度の読者も見込めますよね? なぜモヤっとしたんですか?
Yさん うーん、端的にいうと「将来的に漫画家さんのためにならないんじゃないか」と思ったからです。たとえ、転生モノが読まれたとしても、次に繋がらなければ漫画家さんには意味がない。転生モノはどれも似たような展開になっているってこともあって、なかなかその作者さんのファンになってくれる方が少ないように思います。この人の他の作品も読んでみよう、とならないというか……。
──たしかに、区別がつかないから作者の方の名前を覚えたりはしないかもしれませんね……。
Yさん ただし、一方で人気のジャンルなので新人さんの企画が通りやすいという面もありますし、売り上げも見込めるため金銭面では漫画家さんへの還元も大きいです。なので、作品名と一緒に漫画家さんもセットでファンになってもらうことが理想ですね。
──なるほど……。ちなみに、転生モノの中でも編集者目線で「これは面白いな」と思う作品とかはありますか?
Yさん もちろんあります! 『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(漫画・キャラクター原案:ひだかなみ 原作:山口悟)は、キャラクターが魅力的で面白いですね。あと転移モノになってしまうんですが、『ハズレポーションが醤油だったので料理することにしました』(漫画:リスノ 原作:富士とまと キャラクター原案:村上ゆいち)は楽しんで読んでいます。この作品は、専業主婦の女性が転移先で、回復アイテムとして使えないポーションが実は「醤油」だったことに気づいて異世界で料理をする……という話です。なかなか斬新なアイデアだと思いました。
──へええ、グルメ ✕ 異世界転生みたいで面白そうですね。私も読んでみようかな……。ありがとうございました!
・いろんな背景があった
実際に話を聞いてみて、この不思議な「転生モノ」ブームにはさまざまな背景があることがわかった。
子供の頃、特殊な能力に目覚めて悪と戦う『美少女仮面ポワトリン』や『美少女戦士セーラームーン』に憧れた。そこには、自分もこうなりたいというヒーロー願望があったと思う。
いっぽうで、現状への不満と未来への希望のなさが、一度自分が死んで別人に生まれ変わる今の「転生モノ」ブームにつながっているのだとしたら、なんだか悲しいような気がしたのだった。
果たしてみなさんはどう思うだろうか? 世相が漫画に反映されるとしたら、今後の漫画界のブームにも注目したい。
執筆:御花畑マリコ
Photo:RocketNews24.
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