多くの人にとって豪華客船の船内生活を具体的に知る機会になったのは、当サイトの過去記事と映画『タイタニック』だろう。結婚を控えた上流階級の令嬢と、新天地を求める貧しい青年のロマンス。タキシードとイブニングドレスのフルコースディナーや、絢爛豪華な船内装飾は華やかな社交界のイメージそのものだ。

映画はノスタルジックな20世紀初頭の客船黄金時代の話だが、現代の客船事情はどうだろう。日本人にはまだまだ馴染みがないが、シニア世代も現役世代も若者も子どもも「ぜひ一度乗ってみて欲しい」と自信を持って言える、素晴らしいレジャーだと筆者は思うのだ。

酒飲みにも行かずブランド品も買わず、お金を貯めては客船に乗るというちょっと変わった若者だった筆者が、辛口な本音も交えつつクルーズに関する疑問をQ&A形式で解説していきたい。


Q1. 舞踏会でオーホッホッて感じ?

全然違う。近年の客船はカジュアル化が進んでいて、いっそ「豪華客船」という呼び名を変えた方がいいくらいだ。

夜にはジャケット程度は着用するが、昼間は水着や短パンのようなリゾートウェアで過ごせる。アジア近海ではバイタリティあふれる中国人乗客が増えたことで、繁華街の雑踏か!? と思うような賑やかさになる航路もある。

元から客船にはカジュアル、プレミアム、ラグジュアリーといったカテゴリーがあり、往年の豪華客船のような「富裕層向け」の船はごく一部。「自宅は処分して、船に住んでいます」なんてガチの貴婦人も中には居るが、今は○○等客といった乗客の区別も(ほとんど)ない。特に北米ではクルーズは大衆向けのレジャーとして認知されていて、子ども連れももちろんOKだ。優雅で静かな船旅を想像するとむしろびっくりすると思う。


Q2. 日本にもあるの?

現在、日本船籍のクルーズ客船は『飛鳥II』『にっぽん丸』『ぱしふぃっくびいなす』の3つ。たった3隻ではあるが、日本のクルーズ文化を牽引してきた立役者だ。

日本船は世界の中では高級船の部類で、もっとも安価なキャビン(客室)でも1泊3〜5万円以上する。ホスピタリティは世界トップクラスで素晴らしいのだが、家族で何日か乗ろうものなら数十万円にもなるため、お勧めしにくいところがあった。乗客の年齢層や社会的地位も高めで、一部には自分が周囲から敬われて当然という態度の人もいて、筆者も嫌な思いをしたことが……。

その点、外国籍の船が実施する日本発着クルーズは、とにかくカジュアルで客層も若く、価格もリーズナブルなのでお勧めしやすい。日本の港によく停泊している「コスタ○○」とか「○○プリンセス」とかいうカタカナ名の船はみんな外国船なのだ。


Q3. それでもちょっと高くない?

クルーズ客船の料金体系は独特だ。オールインクルーシブと言って、乗船代金に食事代、軽食代、船内施設の利用料、ショーの鑑賞料金などがコミコミになっている。アルコールやスパ、カジノなど別料金のものもあるが、基本的にはほとんど追加料金がかからず船内設備を使い倒すことができる。

例えば夕食。外国船ではいくつかの無料レストランから選ぶことができ、何皿オーダーしても追加料金はかからない。メインディッシュを2皿とか、デザートを全種類とか食べてもよい。

コーヒー、紅茶はほとんどの船で無料なので、1日に何回でも飲める。アルコールは定額制のドリンクパッケージがある船も多い。財布を気にせず過ごせる解放感、自由度が筆者の考えるクルーズの大きな魅力だ。

ただし、カジュアルな外国船は薄利多売で、何千人もの食事を1度に作ることもあり、味にはあまり期待できない。ご想像の通り、食事面ではアメリカ船よりはイタリア船などヨーロッパにルーツがある船がお勧め。もしあなたが普段から食通なら、日本船にしておくと幸せになれる。日本船の食事は文句なく一流だ。


Q4. フェリーみたいな感じ?

似ているけど違う。フェリーも近年では個室化が進み、映画上映やビンゴ大会など船内サービスも充実しているが、分類は「貨客船」である。荷物を運ぶついでに人を乗せている船で、収益の大半を貨物から得ている。

一方、飛鳥IIのような船は「純客船」と呼ばれる種類で、貨物は運ばない。「人をもてなす」ためだけに運行している船なので、船内サービスへの力の入れようがまったく違うのだ。客船は目的地への移動手段であると同時に、楽しみを提供する場でもある。

船内ではミュージカル、マジックショー、サーカス、アイススケートショーなどのエンターテインメントが繰り広げられ、あちこちのステージでバンドの生演奏が響く。アルコール飲料やカジノは大きな収入源なので、各船ともバーには力を入れている。昼間はプールサイドやジャグジー、免税品店、図書館、講演会などで思い思いに過ごせる。もう、この世の楽園か……? っていうくらい娯楽があふれているのがクルーズ船だ。


Q5. 海の上で病気になったらどうするの?

太平洋のど真ん中、陸から何百kmも離れた海上で盲腸や尿管結石になったら……確かに怖い! しかし飛行機のように「この中にお医者さまはいませんか?」と船内放送されたりはしない。船医がいるからだ。

規模にもよるが客船には基本的に医務室があり、船医や看護師が乗船している。船によっては簡単な手術ができるほどの設備があり、しかも医師は一人で何役もこなすので、Dr.コトーのようにたいがいの病気に対応できる。

本当に重症なときには針路を変更して最寄りの港に寄港したり、現地の病院で応急手当てをしてから空路で帰国したりする。特に日本船は伝統的に高齢の乗客が多いこともあって健康リスクへの対応は充実している。


Q6. 船酔いする?

パンフレットなどには「揺れません」と書いてあるが……筆者に言わせれば、酔う時は酔う! 一般的に船体が大きくなるほど揺れなくなり、また、大型客船にはフィンスタビライザーという揺れを大幅に軽減する装置がついているため、数ある船の中では「揺れない方」に入る。しかし、水面に浮いている以上は、波に上下される縦揺れ、船が左右に傾くような横揺れ、足元がふらつく浮遊感などは完全にはなくならない。

ちなみに下船後にまだ足元が揺れているように錯覚する「陸酔い」もなかなか気持ちが悪い。長いと下船から数日続くこともある。うう、思い出しただけで吐き気が……。

これも日本船にありがちなのだが、「いかに船に慣れているか」「いかに船酔いに強いか」を誇るような妙な文化がごくごく一部にあり、体調不良で席を立ったりすると「今日の揺れは物足りない」などと豪語されて殺意を覚えることもある。

本稿でお察しの通り、筆者は超船酔い体質。それでも乗り続けるのは船酔いを凌駕する魅力があるから。酔うから乗らない、というのはもったいないほどクルーズは楽しいのだ。


Q7. どれくらい楽しい?

一度乗ってしまうと、一生降りたくなくなるくらい楽しい。クルーズ船の運航速度は時速40kmにも満たないので、陸路や空路に比べると移動に時間がかかる。遠くへ行く時はどこにも寄港しない「終日航海日」というのができるのだが、「シーデイ」「アットシー」などと呼ばれてめちゃくちゃ愛されている。

終日航海日は、船好きにとってそれがなければクルーズじゃない! というくらい重要な日。そんな日は、ぼんやり海を眺めたり、食っちゃ寝したり、ジムで鍛えたり、音楽を聞いたり、酒を飲んではしゃいだり、まさに人生の喜びを謳歌する。大海原を見ていると、日頃の悩みなんてどうでもよくなってくるから不思議だ。

筆者は一時期、本当に船に住むにはどうしたらいいかを本気で考えていた。(世界には大富豪向けの居住型の客船もあるのだが、維持費やら人間関係やら自治会やら大変らしい)恥をしのんで告白すると、クルーになろうと求人に応募したこともある。書類選考さえ通らなかったが、もし受かっていたら4カ月を洋上で過ごし、陸に戻って2カ月の休暇を取るという特殊勤務をしていただろう。

今年もクルーズシーズンがやってくる。プリンセスクルーズやセレブリティクルーズ、コスタクルーズ、MSCクルーズなど乗りやすい外国籍の客船がたくさん寄港するので、思いきってクルーズデビューはいかがだろうか。

ちなみに沈没したタイタニック号を運行していたホワイト・スター・ラインは後にキュナード・ラインという会社に吸収合併されるのだが、そのキュナード社の代表的な船がクイーン・エリザベス号だ。今年は日本発着クルーズも実施し、タイタニック号にも似たクラシカルな英国の雰囲気がよく出ているので、ファンの人は要チェックだ。


参考リンク:クルーズプラネットJTBクルーズ
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.