秋も深まり行くある日のこと、私(佐藤)は取材と称して外出したまま、あてもなく東京の下町をさまよっていた。この季節はまったく良くない。秋風の物悲しい冷たさを感じ始めると、センチメンタルな気分が心の奥底を支配してしまうのだ。きっとそんな柄じゃないと思われるかもしれないが、毎年この時期は心の底が抜けてしまったかのように頼りなく、自分でもどうすることもできなくなる。

昼をすこし過ぎた時間だっただろうか。そう言えば、腹が減っていることに気付き、1軒の食堂に立ち寄った。見るとはなしにメニューを見ると、「ハムエッグ」の文字が目に留まった。食堂のハムエッグ、私はその存在に全幅の信頼を寄せている。ハムエッグは裏切らない。いつもいつでも元気をくれる。

・寒さに心を痛めつけられ

この時期になると、胸が空く。その理由はぼんやりとわかっていた。金がなかった時期のことが思い出されるのだ。今から11年前のことだろうか。何を思ったのか知らないが、私は突然決意して、文章を書いて生きていくことを決めた。ちょうど当編集部に籍を置く直前である。当時の仕事をやめて収入は絶たれたのに、「何とかなるだろう」くらいの気持ちで生活していた。いや、生活というレベルの暮らしではなかったと思う


貯金というほどの蓄えはなく、乾麺のそばをゆがいて、瓶詰のナメタケを入れたものが常食だった。たばこはシケモクになった灰皿から拾い上げて吸い、そのクセに日に1本の発泡酒を飲まずにはいられなかったのである。そんな暮らしぶりで辛いのは寒さだ。夏の暑さは身体を疲弊させても、心には影響がない。だが、寒さは違う。身体の熱を奪うと同時に、心まで冷え切ったものに変えてしまう

隙間風が入る築40年のアパートで、毛布をかぶりながらストーブにかじりつく。寝ても覚めても寒さに震え、腹を空かせながらも部屋を出ることができない。年末年始は仕事もないから、誰にも会うことがなく、気が付けばコンビニの店員以外、誰とも口をきいていない時間が1週間も続いたり


「毎日」とは、ただ自分を痛めつけるだけの時間が経過することであり、自分の意識だけがこの広い世の中で、一カ所に釘付けにされてしまったようだった。目に見える景色はこの部屋だけ。耳にする音は隣近所から聞こえる生活音だけ。それがただ繰り返されるだけで、心は寒さに蝕まれて痛めつけられていた。


暗い記憶はこの時のことだけではない。地元で飲食に従事している頃は、当時の彼女と一緒に住むつもりで古民家を借りていた。その彼女はただ1度家に来ただけで、結局一緒に住むことはなく別れ、むなしい1人暮らしとなった。真冬に深夜、ヘトヘトで帰宅したら、台所に置いた茶碗に氷が張っていた。


室内だぞ、ここは……。情けなくて笑いながら泣いたよ


寒さが訪れる度にあの荒んだ心持ちが蘇り、胸が締め付けられ、手が小刻みに震える感覚にとらわれる。


・食べれば元気が出る

冬の寒さに心臓をつかまれて身動きができなかったのは確かだ。だが、なされるがまま心を踏みにじられていた訳ではない。ささやかな抵抗を繰り返して、春の陽の訪れを待ちわびた。その抵抗とは、動物性たんぱく質の摂取だ。肉を食うと不思議と元気が出る。焼肉を食うほどの余力はない。それでもソーセージやハムでも十分に満足できた。それにタマゴまであったら最高の贅沢だ。

ハムエッグはご馳走。街場の食堂のハムエッグ定食でさえ、当時の私にとっては三ツ星レストランのフレンチに劣らない、最高級の味だった。食べれば元気が出るのだから。



私にとってはあの頃の記憶が、いまだに食堂のハムエッグ定食を、ひときわ美味しく感じさせているのかもしれない。


塩気のきいたハムとタマゴの甘さ。それをさらに美味しくさせてくれるのは、ウスターソースか醤油だ。私は大抵醤油をかける。気分によっては10回に3回くらいの頻度で、ウスターソースをかけることもある。


それをご飯にのせて、ハムエッグ丼の完成だ。空腹なら白飯が無限に食える気がする魔法の食べ物である。


日一日と寒さが募り、毛布1枚で寝ていると寒さに目を覚ますこともある。暗い記憶が蘇って心の古傷が疼くけど、何度も何度も私を立ち上がらせてくれたハムエッグは、この先もきっと私を助けてくれるだろう。ハムエッグに全幅の信頼を寄せている。ハムエッグは裏切らない。これからも


・今回訪問した店舗の情報

店名 食事処 浅草 水口
住所 東京都台東区浅草2ー4-9
営業時間 10:00~21:30 土日祝9:00~21:30
定休日 水曜日

Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24