時間が経つにつれて、記憶は美化されるものらしい。当時はなんのことはない出来事でも、その時に戻れないと感じるほどに、出来事は眩しく光って見える。ちょうど、沈む日を背にして車を走らせていたら、夕焼けが一層燃えて見えるかのように。

年月は誰にも等しく過ぎ去っていく。それなのに、世間や時代だけが流れていき、自分だけがある地点にとどまっている気でいられるのはどういう訳だろうか。思い出に浸りすぎて怖気づいた自分に起きた、ご褒美のような出来事についてお伝えしたい。

・バービーボーイズ

「バービーボーイズ(BARBEE BOYS)」というバンドをご存じだろうか? 世代的に私と近い(40代)人は良く知っているだろう。最近では芸人のレイザーラモンRGと椿鬼奴のモノマネで、名前だけでも聞いたことがあるという人もいるかもしれない。

5人編成のロックバンドで、男女ツインボーカルという独特のスタイルで活動を行っていた。1992年に解散した後、何度か単発で再結成し、現在バンドとしては無所属のままホームぺージを開設。2019年4月に「ARABAKI ROCK FEST」に出演。7月には北海道で行われる「JOIN ALIVE 2019」への出演が決定している。


・音楽との出会い

私が彼らの音楽を知ったのは、友達の影響だ。中学生時分の同級生のS君には3つくらい歳の離れた姉がいた。S君はその姉の影響をモロに受けていたものの、自らの趣向に合うものを精査して、我々友人に紹介してくれていた。バービーボーイズも彼の選抜を勝ち抜いたバンドの1つ。いや、彼のなかでは当時ナンバーワン選手だったかもしれない。親の影響で歌謡曲ばっかりを聞きかじっていた私にとって、バービーボーイズの音楽は鮮烈だった。


・アリアリと浮かぶ男女の情景

ブラスバンド部だったこともあって、まず最初に耳に入ってきたのは、男性ボーカルKONTA(コンタ)のソプラノサックスだ。リード楽器にソプラノサックスを用いるバンドは、いまだに彼らしか知らない。次いで、インパクトを受けたのは歌詞の内容。楽曲のほとんど全部が男女の恋愛模様、いわゆる「痴話げんか」だ。

女性ボーカル杏子(きょうこ)と、KONTAが互いの言い分を主張している。中学生の私には、そのほとんどを理解することができなかった。というのも、当時私の中学校は男子は丸坊主、女子はおかっぱと決まっていた。男女交際とはほど遠い、無垢な環境であった。今思えば、それが健全なことなのかどうかさえも分からないのだが。

そんな訳で恋愛を知るのはまだ少し先の未来であるにも関わらず、男女の情景がアリアリと頭に描けたのは、本当に不思議なことだ。真意は定かでなくても、その情景をかっこいいモノであると理解した。


・サウンドに魅了されて

何よりも心を捉えて離さなかったのは、そのサウンドだ。ほぼすべての作詞作曲を手掛けるギタリストのイマサ(いまみちともたか)。後に浜崎あゆみなどのバックを務めるベーシストのエンリケ。そしてドラムのコイソ(小沼俊明)。男女2人の激しいやり取りを、時に増長し、時に諫(いさ)め、そして時に誘うようにして、色恋模様をダイナミックに演出している。

このサウンドがあったからこそ、年端もいかない中坊でも、未経験の恋愛場面をアリアリと想像できたのかもしれない。私は初恋を知る前から、彼らの音楽を通して疑似恋愛していたのではないか。そう自らを振り返る。


・心は少年に戻る

単発とはいえ、活動をしていることを知った今、生で彼らの音を聞きたい。そう思い、5月某日、偶然に近くのライブハウスで、イマサのソロライブが行われることを知った。幸い当日券があることを問い合わせて確認し、喜び勇んでライブ会場へ。

人生で初めて、生で聞くイマサの音。地元の島根には、当時コンサートで来ていたかもしれないが、なにぶん純朴な中学生にはロックコンサートに参加する障壁は高かった。もし仮に行けていたとしても、保護者同伴だったに違いない。生音を聞くのに随分時間がかかった。

コンサートだけでなく、今と比べてアーティストを深く知る機会は驚くほど少なかった。いまでこそネットが普及して、アーティストやアイドル、さまざまな世界の著名人との心の距離は近くなっている。リアルタイムで本人の生活を垣間見ることさえもできてしまう。

だが当時は頼れる情報源はテレビとラジオ、雑誌くらいだ。月イチの雑誌は生命線といっても過言ではなかった。雑誌のワンコーナーでも記述があれば救い、それさえもない時にはただただ曲を聞きまくるしかなかった。


あれだけ遠くに感じていた人が、今、目の前でギターを弾いている。さらにすごいのは、ベーシストはエンリケだ。あの頃の2人が並んで立っているだけでも震える。45歳の私の心は、CDをラジカセで回しまくった30年前の15歳になっていた。自分でもわかるほど、ニヤニヤが止まらない。

都合2時間のライブ、私はただホールに突っ立ってる丸坊主の少年だった。


・チェキを撮れなかった

実は開演前に物販のコーナーでチェキ券が目に留まった。「チェキ券」という文字を読み解くのが早いか、こんなチャンスはない! と私は迷わずサイフを出していた。


それをポケットに忍ばせたまま、2時間少年でいたのだが、音が止むと私はただちにオッサンに戻った。このまま会場で、来場者との交流の時間を設けるらしい。そのことが分かっていたのに、私は会場を出てしまった


怖かった、近づくことが。


私の中で、少年の心が「会いたい、話をしたい」と疼く。しかし今の私はすでにオッサンの心情で、「近づきすぎない方がいいこともある」と少年を諭してしまっていた。あのキラキラとした輝かしい思いは、離れているからこそ感じられるものなんじゃないのかって。だからもう帰ろう。また機会はあるだろうから。


・思い出に浸るがゆえに

会場が隣の駅だったこともあって、私は30分ほど歩いて帰宅した。自らの判断を振り返るなかで、私は先の判断が間違いだったと気づいた。

近づくのが怖かったのは、自分が過去の輝かしい憧れを、憧れのままにしておきたかったからだ。詰まるところ、ただ思い出にすがっているだけじゃないか。それこそが「老い」ではないのか。自分の感じ取ったことだけを、心のなかに封じ込めておくために、理想や憧れを現実に手繰り寄せることを諦めた。それだけじゃないのかってね。

世間や時代だけが流れていって、自分だけが変わることなくいる。その気持ちこそが老いではないか。無自覚でいたいだけで、確実に老いてる。思い出を後生大事に携えて、今に躊躇(ちゅうちょ)するその様はもう……・。


・まさか本人が

そう気づいた時から、心の中の少年が「ほら見ろ」と喚き出したもんだから、やむにやまれぬ気持ちになって、チェキ券を持ち帰ったことをTwitterでつぶやいてしまった。


「今日、せっかくイマサさんのライブに行って、チェキ券まで買ったのに、緊張して一緒にチェキ撮らずに帰った。エンリケさんもいたと言うのに 」


すると、信じがたいのだが、その声はイマサさんご自身に届いた。


「次までに とっておきなよ 有効に してもらうから 次も来なさいw」(いまみちともたか公式Twitterより)


そんなことってあるんだな。たしかに時は流れ、自分だけが置き去りになっている気持ちにもなるけど、自分もまたその時代のなかにいるのだと改めて気づかされた。短文であっても、まさか言葉を交わせる日が来るとは。本人を前に思い出に浸ってる場合じゃなかった……。

執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24

▼イマサさんから直々にコメントをもらってしまった

▼7月13日、北海道・いわみざわ公園で行われる「JOIN ALIVE 2019」に5人で出演予定

▼イマサ(いまみちともたか)ソロ「ブリキのギター」