
10年、あるいは15年ほどか。筆者がスマホを持ち始めてから長い歳月が経過したが、我ながら驚くべきことに、その間ずっとフリック入力から逃げ続けてきた。面倒臭いことを理由に、キーボード由来の入力方式であるQWERTY入力にしがみつき、ずるずると移行せずにいた。
これほどまでに面倒臭がっていると一周回ってもはや立派なのではないかと思っていたが、最近になって全く微塵も立派ではないことに気付き始めた。何とはなしにフリック入力を試みたところ、目も当てられないほど遅く、羞恥の念がこみ上げてきたのである。
どうにかしたい。しかしどうしたものか。そこで筆者は、ある一つの思考に至った。近頃話題のAIに上達方法を尋ねればよいのではないかと。
・AIが教える第1、第2のステップ
機械のことなら機械に聞けばいいという、先進的なのか短絡的なのか微妙な発想である。しかしそれが筆者のフリック速度を上向かせる可能性は十二分にある。
何せ、上向く余地しかないくらいに遅い。例えば「ロケットニュース」という幣サイト名を入力するだけで、約20秒もの時間を要するのである。
フリック入力に慣れた人が筆者の緩慢な指さばきを目にしたなら、もどかしさに悶絶すること請け合いである。
果たしてこの忌まわしき遅さが、AIの助力によってどの程度改善するのか。今回はGoogleが開発した生成AIであるGeminiを使用することにして、筆者は以下の問いを投げかけてみた。
今までQWERTY入力に甘えていました。
練習アプリを使わずに1週間でフリック入力を上達するにはどうしたらいいですか。
正確には、懺悔と問いである。「練習アプリを使わずに」という条件についてだが、その方が面白い提案が聞けそうだったので付け足した。また「1週間」という期限を設けたのも、やはりその方が面白そうだったからである。決して長期に渡ると面倒だからではない。
ともあれ、なかなかに込み入った筆者の問いに対し、Geminiは瞬時に回答を打ち返してきた。
「甘え」なんてとんでもない!
QWERTY入力の方が速い場面も多々ありますし、むしろ二刀流を目指す第一歩ですね。
回答というか、まず巧妙に慰められた。実は生成AIに物を尋ねるのはこれが初めてだったのだが、想像を越えた即応ぶりもさることながら、慰められると意外に心が温まることにも驚いた。
続いてGeminiは、1週間で上達したいのなら、脳内に「文字配列マップ」を構築し、日常生活を練習場に変えるのが近道だと説く。そしてそのための具体的な方法を、段階ごとに示してくれるという。
もっとふんわりした内容になることも想定していたが、むしろ本格的な指導が予感されてならない。この優しく真摯なAIに従えば、本当にフリック入力が上達するかもしれない。胸を高鳴らせつつ読み進めていくと、第1のステップが目に入った。
1. 設定を「修羅の道」に変える
第1のステップというか、修羅の道への案内だった。生成AIが人間を修羅の道へ招いてくることに驚いた。もう少しふんわりしてくれていた方がよかった。
しかしよくよく読んでみると、至極真っ当なことが書かれていた。QWERTY入力を無効にするのはもちろん、キーを複数回タップして文字を入力する「ケータイ打ち」もオフにする。そうして逃げ道をなくすことから始めようという話だった。
次に第2のステップとして、前出の「脳内文字マップの構築」に関することが書かれていた。「あ行」であれば「い・う・え・お」と呪文のように唱えながら、指を「左・上・右・下」と十字に動かす。これを全ての行の分繰り返して、基礎を指に染み込ませる。
ここまでの2つのステップは、野球に例えるなら試合が始まる前の、バットの手入れと素振りと言ったところだろう。実際、それらのステップを実行した筆者はいくらかフリック入力に慣れることができたが、しかし当然、まだまだおぼつかないままだった。
重要なのは、ここから先だった。このあとの第3のステップにおいて、筆者はいよいよ打席に立ち、それが最も大きな効果を筆者にもたらしたのである。
・AIが教える第3のステップ
とはいえ、何か画期的な教えが待っていたというわけではない。Geminiが提示してきたのは、いたって単純なフリック入力の実践方法だった。
SNSの返信やネット検索はフリック入力でやりきる。LINEの自分専用グループやメモ帳に、今考えていることをフリック入力で書き殴る。電車の吊り広告やテレビのテロップなど、目に入ったものを脳内で、あるいは指を動かしてフリック変換する。
とにかく四六時中、スマホに触れているあいだも触れていないあいだも、フリックの回数を積み上げろというわけである。実に単純だ。単純だが、個人的には目から鱗だった。
特に鱗が落ちたのは、目に入ったものや考えていることが、練習のための教材になるという部分である。加えて練習するにあたって、必ずしもスマホに触れている必要がないというのも、なるほどと思わされた点だった。
このトレーニングが何ともやりがいがあり、何より楽しかった。日々の暮らしがタイピングゲームになったかのようだった。
フリックの拙さに引きずられて何故か精神年齢も幼くなっていたが、気にせず打ち込んでいった。あらゆる景色や思考を、フリックを通じて全て文字に変換する。Geminiが「日常生活を練習場に変えろ」と説いていた意味が、この時ようやく実感できた。
何なら人に言われたことをフリックで反復するのも練習になる。賢明な読者の方は「コイツちゃっかりラーメン屋に入ったな」と思われたかもしれないが、目をつぶってほしい。
何かと楽しいトレーニングではあったものの、さすがに最初のうちは上手く文字を打てない歯がゆさもつきまとった。ちなみにGeminiが添付してきた「スケジュール目安」では、練習1日目から2日目は「絶望期」と銘打たれていた。
つくづく不穏なワードセンスのAIだが、「練習5日目から7日目にはQWERTY入力より楽だと感じ始める」とも予言されていて、実際、フリックを積み重ねた筆者はまさしくその通りに感じるようになったのである。
・練習結果
こうしてついに1週間の特訓を終えた筆者は、我ながら驚くべきことに、なかなかに目覚ましい成長を遂げた。
例えば「ロケットニュース」程度の文字列なら5、6秒で入力できるようになったし、それ以上の文字数を打つ余裕さえ生まれた。
かつて迷いに迷っていた指は、今や進むべき方角を自然に悟り、かなり淀みなく動くようになった。脳内に文字マップを構築し、実践を繰り返したおかげだろう。1週間でこれほど上達できたのであれば、上出来と言ってよいのではなかろうか。
改めて今回の試みを振り返ると、「最近のAIは優秀だな」という感想が真っ先に浮かぶ。その力を侮っていたわけではないが、こうも鮮やかに導かれてしまった以上は、「もっとAIに頼ることを覚えた方がいいな」と自戒せずにいられない。
そして、「フリック入力は偉大だな」とも強く思う。ひとたび慣れると、その快適さから抜け出せなくなる。何周遅れかわからない気付きをしみじみと噛み締めている。おそらく今、筆者が日本で最もフリック入力に感動している人間である。
せっかくAIとともに培ったこの経験を無駄にはしまい。これからも怠けることなく、フリック入力に精進していく所存である。いかなる辛苦も乗り越え、鬼神の境地にたどりつくのである。……いやはや、誰かさんのワードセンスがうつってしまったようだ。
参考リンク:Gemini
執筆:西本大紀
Photo:RocketNews24.
screenshot:Gemini