
世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。横浜公演で念願の舞台デビューを果たした私は、その後も新潟、仙台、静岡……と各地を転々とする巡業生活を続けていた。
スポットライトを浴び、観客の拍手に包まれる。そんな非日常の輝きに満ちたステージに「安定」という言葉は存在しない。今回はサーカスの舞台に立ち続けるためには避けて通れない怪我との付き合い方について書いてみたい。
・交通事故レベルの衝撃
事件が起きたのは、デビューして間もない新潟公演のことだった。トランポリンの着地に失敗した私は、あろうことか頭からマットに突っ込んでしまった。しかも別に高難度の技を決めるシーンではなく、ショーが始まって最初のシーンである。
本来なら頭を上げて胸から落ちる形になるのだが、姿勢が崩れてマットに突き刺さるような形で落下。バキバキィィ! と首の付け根あたりで鈍い音が鳴る。
痛ェェェ……しかしショーは止まらない。なぜミスをしたのか自分でも分からない。それが怖い。痛みと不安を抱えたまま、なんとか最後までショーをやり切った。
しかし、なんと翌日のショーでもふたたび頭から落下。前日の衝撃と痛みが残っているのに同じミスをくり返してしまった。どうやら横浜から新潟に移動している間に “大事なコツ” を忘れてしまったらしい……さすがに2日連続はシャレにならない。
もちろん練習の段階から失敗を想定した受け身の練習はしていたし、首も鍛えていたので大怪我には至らなかったが、その衝撃はほとんど交通事故。公演後に地元の新潟市民病院へ直行し、首を固定する「頸椎カラー(白い首輪みたいなやつ)」をつけることになった。
失敗したことは他のメンバーにも当然バレている。これ以上心配をかけたくなかったし原因が分からないまま次のショーに出るのがとにかく怖い……そこで夜中、誰もいないテントに戻り、跳び箱とトランポリン、そしてマットを用意して1人で対策を始めた。
・恐怖と向き合う
観客のいない静かなステージは妙に冷静になれる。
どうやら私はビビって「マットを見ながら落ちていた」ということが分かった。視線が下を向くことで頭が下がり、結果として頭から突っ込む姿勢になっていたのである。
目線を上に向けることで姿勢が安定し、翌日のショーから問題なく芸を披露することができた。恐怖を乗り越えるには、恐怖の正体を知ること。
それでも恐怖感がなくなるのはずっと先のことだった……恐怖心をコントロールしながら芸と向き合う。これが「舞台に立つ」ということなのかもしれない。
新潟公演中は、週に1度のペースで首の付け根に注射を打ちながら舞台へ。もちろん怪我をしていたのは私だけではない。むしろ完璧なコンディションで舞台に立っている団員の方が少ないのではないだろうか。
言うまでもなく、骨折など大怪我をすれば舞台を休まなければならない。しかし外から見ただけでは分からない不調はいくらでもある。どんな仕事でも同じだと思うが、見た目が “普通” だと無理をしがちで、それが事故につながることもある。
戦友・マ〜シ〜は空中ブランコの大トリ「目隠し飛行」を任されるようになっていた。名前のとおり、目隠しをした状態で空中ブランコを飛ぶ最高難度の大ワザである。
体への負担も相当なもので、毎日舞台に出続けた彼は「乳首がはがれかけた」と言っていた……もちろんギャグではない。本気。
・各地の名医たちとの思い出
そんな過酷な環境だからこそ、巡業先で「良い病院」と巡り合えるかは重要なポイントになる。宮崎、埼玉、横浜、松山……各地でお世話になった先生方とは、治療の枠を超えて食事に行くほど仲良くなった。その節は本当にありがとうございました。
中には強烈な個性を放つ先生もいて、地名は伏せるが、足の付け根にいきなり「アイロン」を当てられて悲鳴を上げたこともある。一見ヤバそうだが、その後の調子は良かったので意味はあったのだろう。
最高のパフォーマンスを発揮するためにコンディションを整えるのも団員の仕事。ケアを一切しない無敵の先輩もいたが、多くの団員は各地のサポートを受けながら毎日困難な技に立ち向かっていた。
・木下サーカス磐田公演開催中
──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス静岡・磐田公演は「ららぽーと磐田北駐車場 特設会場」で開催中だ。
華やかな舞台の裏側では、恐怖や痛みをねじ伏せて舞台にたち続ける団員がいる。命がけの輝きをぜひその目で確かめてみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫








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