
世界一のサーカスをめざし、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。裏方としてテントを建て、照明や音響を操り、何千回と舞台を支えてきた私が……ついに「芸を受け継ぐ側」として最終関門に立つことになった。
2004年の横浜公演で入団したあの日から9年。北海道から沖縄まで巡業を重ね、ふたたび帰ってきた横浜の地でその時が訪れた。ゴールデンウィークに突入する直前、公演後の誰もいないテント。
リングサイドのど真ん中に社長が座り、後方の指定席には仕事を終えた団員たちが静かに腰を下ろす。ほぼ全員の前で半年間の練習の成果を披露する。単なる通し稽古ではない。芸を託されるかどうかが決まる最終試験がいよいよ始まった。
・最終リハーサル
最終リハーサル前のテントは引くほど静まり返っていた。これまで私は音響や照明のポジションからこの光景を何度も見てきたが、いざ挑戦する側に立つと分かる。この静けさはただ事ではない……!
今までは外野から “新しい芸が生まれる瞬間” を楽しむ側だった。しかし今回は違う。9年目にして、初めてステージの中心に立っている。
──とは言いつつも、意外と平気だった。なんならこの緊張感を楽しむ余裕もある。伊達に9年、テントの中で生きてきたわけではない。「この状況にビビって本来の力が出せませんでした」なんて言い訳は絶対にしたくない。なんせ9年目ですからね。
・スーパーキャッツ
いよいよリハーサルが始まった。「スーパーキャッツ」という跳び箱とトランポリンを使ったコミックショー。軽快な音楽に合わせて警官役の私が囚人たちを追い回す内容だ。
無我夢中で笛を吹き、トランポリンと跳び箱を飛び、転び、叩かれ、囚人たちを追いかける。半年間 体に叩き込んできた動きが頭で考えなくても自然に出る。
仲間との呼吸もピタリと合い、狙っていた笑いも取れた。間違いなく、今までで1番だった。
数秒の沈黙のあと、社長のひと言でゴールデンウィークから舞台に立つことが決まった。ついに舞台デビューである!
・小さな発見
リハ中に思わぬ発見もあった。芸のラスト、警官(私)が囚人に跳び箱から突き落とされるシーン。マットに落ちた後に仰向けの状態で笛を吹いたら「ピィ〜〜」と情けない音がテントに鳴り響いた。社長をはじめ、団員たちが一斉に笑った。
どうやら笛の中に入っている「小さな玉」がないと “情けない音” になるらしい。たまたま玉が引っかかって機能せず “絶妙に情けない音” が出たようだ。
それ以降、私は笛を2種類用意した。追いかける時は「ピーッ!」と力強く、マットに突き落とされた後には、ポケットに忍ばせておいた “玉なし笛” で「ピィ〜〜」と情けない音を出した。引退までずっと。私なりの小さな工夫だった。
(囚人役のヒトシさんに突き落とされる直前のシーン。首からぶら下げているのが普通の笛。右手に “玉なし笛” を隠し持っている)
・初舞台
そんなこんなで迎えたデビュー当日、客席に母を呼んだのだが……警官の格好で出演していることを伝え忘れていたため「え、出てたの?」と言われたのは良い思い出である。
こうして私は、歴史ある木下サーカスの舞台に立った。音響照明の仕事をこなし、出番前にステージ裏の楽屋で着替え、そのままステージへ。
舞台に飛び出した瞬間、ピンスポットに照らされる。これまで何千回と舞台上の仲間を照らし続けてきた光だ。その光を今度は全身で浴びている。仲間の笑い声と観客の拍手がテントの中で重なる。夢を叶えたというより、生き返ったような感覚だった。
ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。遅咲きにもほどがあるが、ここに1人、オールドルーキーが誕生したのである。
……しかし、ここからが本当の意味でのスタートだった。ショーの内容や演出は、公演ごとに細かくブラッシュアップされていく。
各公演地でリハーサルが行われるたびに、演出家のジョン・フォックス、宝塚出身の振付師・渚先生から熱いアドバイスが飛ぶ。芸は受け継いだ瞬間に完成するのではない。受け継いでから磨き続ける。サーカスはそういう世界だった。
・磐田公演開催中
──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス静岡・磐田公演は「ららぽーと磐田北駐車場 特設会場」で開催中だ。出会いと挑戦を積み重ねてきたサーカスの今を、ぜひ磐田の街で体感してみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫












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