
ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して9年目。舞台を支える裏方として全国を転々とし、北海道から沖縄まで、気づけばサーカスとともに日本を一周していた。裏方仕事に誇りはある。だが、ステージで活躍する仲間を見続けた結果……
「あの場所に立ちたい」と思ってしまった。別の夢を叶え、挫折も経験した私は、沖縄公演の新年会の場で「今度は舞台でサーカスに貢献します」と、いわゆる新年会のノリで宣言……壇上に立たされてテンションが上がり、つい熱い想いがあふれ出てしまった。
しかーし、言ってしまった以上やるしかない。こうして32歳、遅咲きにもほどがあるオールドルーキーの挑戦が始まったのである!
・約5カ月で舞台デビューを目指す
新年会の約5カ月後、舞台で活躍する先輩団員・内田さんが退団することが決まっていた。
以前の記事でもお伝えしたが、サーカスは半年前までに退団の意思を責任者に伝えなければならない。団員の人数が限られているので「芸の継承」と「仕事の引き継ぎ」を時間をかけてしっかり行う必要があるからだ。
内田さんは空中ブランコや日本古典芸に出演している大ベテラン。スマホがない時代から「うまくて安い店」を探すのが得意で、実は数年前に六本木の「1100円で食べ飲み放題」も教えてもらった(しかも出演付き)大先輩である。
・芸の継承
そんな内田さんから1つの芸を引き継ぐことになった。「スーパーキャッツ」という跳び箱とトランポリンを使ったコミックショー。軽快な音楽に合わせて「警官が囚人たちを追い回す」という内容で、木下サーカスでは珍しい団体芸である。
警官役を務めていた内田さんが退団する流れで、後継者に私を指名してくれた。約半年という限られた期間で芸を完全に引き継ぎ、舞台デビューを果たさなければならない。公演後のテントでふたたび練習の日々が始まる……!
・初心者
問題は、私が跳び箱もトランポリンも完全に素人だったこと。野球を引退したばかりの裏方が、ほとんどノリだけで芸の世界に放り込まれたのである。社会人になってから跳び箱を真剣に習う日が来るなんて1ミリも想像していなかった。
跳び箱の練習はステージで行う必要がある。他の芸の練習との兼ね合いや、仕事後に練習に付き合ってくれる先輩の都合を考えると、練習できる時間は限られていた。
仕事後に跳び箱とマットを用意し「練習の準備ができたのでお願いします!」と声をかけて1時間。基礎から徹底的に叩き込まれ、芸の流れを体に染み込ませていく。入団間もない頃の熱血トレーニングとは違った緊張感があった。
それでも練習に集中できる時間が楽しかったし、練習を始めた以上、必ずデビューできると分かっていたからプレッシャーは感じなかった。
とにかく内田さんが退団する2013年春の横浜公演中には芸を引き継ぎ、舞台デビューしなければならない。
2004年春の横浜公演で入団し、北海道から沖縄まで全国各地を転々として、9年ぶりに帰ってきた地元・横浜で舞台デビューできたら私としても感慨深いものがある。そんなことを考えながら、跳び箱に向かう日々が続いていた。
・沖縄公演が終わって横浜公演がスタート
サーカスが沖縄から横浜へ移動して1カ月ほど経った頃、いよいよ他のメンバー、つまり囚人役のメンバーたちも合流して練習が始まった。マ〜シ〜もその1人だ。入団間もない頃、毎日のように銭湯で夢を語り合った仲間とついに共演することに。
仕事中にメンバーを1人ずつ呼び止めては「すみません、仕事後に練習お願いします」とお願いして回る。20代の後輩も芸の世界では先輩だ。年齢も立場も関係なく全員に頭を下げた。
アクロバットを披露しながら華麗に逃げ回る囚人たちを、笛を吹いて追いかける。跳び箱を飛び、転び、叩かれ、蹴飛ばされる。スピード感が命の芸だけに、ほんの少しリズムが狂うだけで一気にダサくなる。団体芸は一体感がすべて。
頭ではなく体で完璧に流れを覚え、さらに軽いアドリブが入れられる余裕を持つ必要がある。観客も巻き込むショーだから、動きだけでなく細かなリアクションまで厳しくチェックされた。
そこまで仕上がって、ようやく音響・照明を合わせたリハーサルに進む。音響照明スタッフにも「今日、仕事後にリハお願いします」と声をかける。缶ビールをケースで用意して、リハ後には付き合ってもらったお礼をする。
こうして少しずつ、舞台デビューに近づいていった。
・最終リハーサルへ
横浜公演も残り2週間……ゴールデンウィークに突入する前に、最終リハーサルが行われた。「社長見せ」と呼ばれる最終関門である。
公演後の誰もいないテントの中、リングサイドのど真ん中に社長が座り、後ろの指定席エリアには仕事を終えた団員たちが静かに腰を下ろす。ほぼ全員の前で、約半年にわたる練習の成果を披露する時間だ。
テント内は非常に厳かな空気に包まれていた。当事者になって初めて分かる。単なるリハーサルではないと……まさに「伝統芸の継承式」にふさわしい緊張感が漂っていた!
・磐田公演は3月7日からスタート
──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス静岡・磐田公演は2026年3月7日から「ららぽーと磐田北駐車場 特設会場」でスタートする。
テントの中では今日も誰かが覚悟を決め、誰かが新しい挑戦に踏み出している。その熱をぜひ磐田で体感してほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
▼運命の最終試験へ……!
砂子間正貫











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