
ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。客席案内や音響照明といった裏方業務をしていた私が、いつの間にか空中ブランコを目指す新人たちと一緒に汗を流し「野球選手になる」という子供の頃からの夢をサーカスと欽ちゃんの力で叶えてもらっていた。
ここまでは奇跡のような展開だった……が! その先に待っていたのは、映画でいえば「延々と続くエンドロール」のような時間だった。
野球選手になることにゴールテープを設定していたため……私の成長は完全に止まった。木下サーカスと野球選手を掛け持ちしていた日々は、前に進んでいるようで、どこにも向かっていなかったのである。
・普通の大学生に逆戻り
欽ちゃん(萩本欽一さん)に認められ、横浜スタジアムのロッカールームで初めて夢のユニフォームに袖を通した時の高揚感……あの時が野球人生のピークだったかもしれない。
実際に入団してみると、サーカスの巡業で本拠地・茨城での練習になかなか参加できず。言い訳ばかりが頭に浮かび、結果を出すための努力から無意識に逃げていた。実力差はもちろんだが「チームに入れたことで満足してしまった自分」がいた。
とはいえ、学んだことは多い。大した活躍もしていないのに、攻守交代の間にベンチ前に呼ばれてマイクインタビューを受けることも何度かあった。目の前のお客さんを楽しませる工夫はサーカスにも通じる部分があると感じた。
……だが、気づけば体がなまり、精神的な鋭さが消えていた。サーカスの世界という非日常に飛び込んで心を燃やしまくっていたはずなのに、かつて自分が必死に抜け出そうとしていた「使えない大学生」へとまた逆戻りしていく。
つまり夢を叶えた瞬間、私は自分で自分の可能性にフタをしてしまったのだ。この状態はいわゆる「到達症候群」と呼ばれるらしい。自分はもう成し遂げたと思った瞬間に成長は止まり、静かな転落が始まる……今思えば、その通りだった。
・求めていたもの
そんな中途半端な気持ちにもかかわらず、満員の球場を出ればサインを求められることもあったし、自分の野球カードが発売されたこともあった。カードの中の自分は夢を叶えて輝いている。しかしリアルな自分は腐っていた。
野球で活躍できない焦りとサーカスの仕事との板挟み。私が求めていたのは「野球選手という肩書き」だったのか、それとも「野球そのもの」だったのか。
そんな葛藤に襲われながらも、約5年もの間、温かく見守ってくれた監督、チームメイト、ファンの方々には感謝しかない。だからこそ、ケジメをつける必要があった。
・再スタート
野球での挫折を受け入れ、逃げるのではなく「今、自分が立つべき舞台」にすべてを注ぐ決意をした。今度は夢を叶えてくれた木下サーカスのステージで観客を熱狂させるために……もう1度自分を奮い立たせる。
2013年正月、盛大に行われた沖縄公演の新年会。永年勤続表彰で壇上に上がった私は、思い切って「野球は引退しましたが、肉体的にも精神的にもまだまだ現役ですので、今度はサーカスの舞台で貢献します!」と宣言。迷いは完全に吹っ切れた。
「普通の大学生」に逆戻りしていた男が、ふたたび挑戦者としてリングに立つ覚悟を決めた瞬間だった。32歳でもう一度ゼロから。今度こそ自分自身の限界を超える。延々と続いていたエンドロールを止めて、ここからまた本編を始めるのだ……!
・立川公演開催中
──というわけで、今回はここまで。木下大サーカス東京・立川公演は2026年2月23日まで「立川立飛特設会場」で開催中だ。夢を叶えたスターばかりではなく、迷い、挫折し、それでも前へ進もうとする人間たちのドラマがサーカスという世界を作っている。
お近くの方はぜひ、歴史ある世界三大サーカスの迫力を生で味わってみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫








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