
江戸からやってきた新選組が、いくつかの家に分かれて滞在した京都市壬生(みぶ)。当地で暮らしたのはわずか2年ほどだったというが、そのあいだに生まれたエピソードはあまりに多彩だ。
筆者も何度もエリアを歩いてきたが、広く見学者を受け入れている八木邸に対し、向かいの前川邸は門を閉ざして非公開となっているのを目にしていた。てっきり「プライバシーを守るためだろう。観光客が大挙するのは迷惑なのかな」と思っていたが、事情はまったく違った。
山南敬助の切腹や、古高俊太郎の拷問の舞台となった旧前川邸はいま、一般公開に向けて情熱的な挑戦を続けている。
・通常非公開の「東の蔵」内部
現在の旧前川邸は、土日祝日に売店をオープンし、玄関付近のみ見学ができるようになっている。内部は非公開だが、文化財特別公開や山南忌(山南敬助の供養祭)、クラウドファンディング実施時など、限られた機会には人を招いてきた。
新選組関係でよく知られるのが「東の蔵」だ。周囲に資材がたくさんあるのは、修復作業の途上にあるため。
ここは攘夷(じょうい)派の志士・古高俊太郎に、土方歳三が激しい拷問を加えたとされる場所。得られた供述をもとに敵の会合場所を突き止め、いわゆる「池田屋事件」で新選組は一躍有名になる。歴史的ターニングポイントだ。
掛屋(かけや=両替商)だった前川家。蔵はもちろん牢屋として作られたわけではなく、本来は貴重品の保管庫だ。何層にもなった分厚い壁や、いまでいうオートロックの錠前など、家財を火事から守る仕組みが随所に見られる。
床下には金庫として使われた地下空間があるが、とても入りきらず、床上にも千両箱が並んでいたと推察されるそう。世が世なら財閥だというくらい前川家は有力な家だった。
視線を上げると、地下まで荷物を降ろすのに使った滑車が見える。古高俊太郎が逆さづりの拷問を受けたという場所だ。
二階に足を進めると、梁から吊された荒縄の様子がよくわかる。
賊軍となった新選組の資料は京都にほとんど残らず、後の時代の創作作品の影響も強いとされる。しかし地下まで吹き抜けになった建物の構造や、重い荷物を昇降するための丈夫な荒縄は、取り調べにかなり都合がよかっただろうと想像させる。
蔵としても見事な建造物だ。一般的なしつらえの何倍もありそうな太い梁や、人に見せる場所ではないのにカンナで滑らかに仕上げられた壁板は贅沢の極み。ただし新選組の駐留によって、前川一家は引っ越しを余儀なくされたそう。
蔵の窓からは分宿先の八木邸が見える。家並は変わっただろうが、隊士たちも同じ窓から外を眺めていたかと思うと胸に込み上げるものがある。
・田野一十士さんの暮らす母屋
現当主・田野一十士(たの ひとし)さんは、縁あって祖父の代からここに住んでいる。当初は新選組の屯所と知らずに購入し、先代が偶然事実を知ってからは「なるべくそのままの状態で」と私財をなげうって建物を保全してきたという。
今回、特別に田野さんが暮らす母屋も見せていただいた。野口健司が切腹したという小部屋を見やり、三間続きの和室へ。山南敬助が切腹したと伝わる部屋は、現在仏間として使われている。
遊女・明里と別れを惜しんだとされる格子窓は現存しない。創作作品では博識で穏やかな人柄が描かれる山南敬助だが、出自や流派など謎の多い人物で、明里の実在も確認されていない。秘話を期待して訪れるファンに「実は話せることがあまりない」と田野さんは笑う。
「当時、格子窓があったのはこのあたり」と、何の気負いもない自然な様子で田野さんが指し示してくれるのだが、筆者は打ち震えていた。言われなければそれと気づかないような、ごく普通の日本家屋のひと部屋。家庭的で和やかな雰囲気さえただよう。
誰もが名前を知る歴史上の人物が暮らした日々と、私たちの日常が地続きになっているという、ごく当たり前なのだが衝撃的な事実。
隣室の床柱には刀傷が残っている。観光名所や博物館のような、どこか温度感のないガラス越しの展示とはまったく異なる。人が実際に暮らす住居であるという点で、旧前川邸は特別な存在だ。屋敷全体に血が通っている────そんな感想が湧き上がる。
いまでも変わらず人間の営みが続いている温かさ、生々しさ、生活感。隊士たちの息づかいが、圧倒的なリアリティをもって迫ってくるようだ。
田野さんは貴重な資料も所有する。広げられた図面は、新選組がやってくる前と後とを比較できる家相図。新選組は敵襲を警戒し、前川邸の守りを固めた。おもに訓練が行われたのは近所の壬生寺だが、屋敷の敷地内でも訓練ができるほど広い土地があったという。
古文書をもとに屋敷を立体化したジオラマは、個人で旧前川邸の研究を行う田畑敏通氏の作品。新しい発見があるたびに手を加えてブラッシュアップしているという。
博物館に所蔵されていてもおかしくないほど貴重な品が、島田魁の遺品だ。
創作作品の登場人物のような、どこか偶像的な遠い存在に感じられる隊士たちが、実際に生きて走り回っていた若者だということが静かに伝わってくる。
壬生の地で暮らした2年間は、立身出世を夢みた若者たちが京都での居場所を確立する「上り坂」の期間だ。後の運命を知っているからこそ、その短い日々が尊く感じられる。
・アニメやゲームファンも歓迎
話を戻すが、旧前川邸が長く非公開だったのはプライバシーが理由ではない。全体的に老朽化し、しかし費用は十分ではなく、修理がとても間に合わない。安全に公開できるような状態ではなかったのだという。
そのため2度にわたるクラウドファンディングを実施。近い将来「東の蔵」を一般公開できるよう屋根、通路、門などの整備・改修を進めている。田野さんは「いずれ新選組ファンが交流できるような場になれば」と話す。
アニメやゲームが興味の入口になるのも大歓迎だという。田野さんの口からは『刀剣乱舞』『薄桜鬼』『ちるらん』などの言葉が次々と出てくる。サブカルチャーをきっかけに海外のファンが来日したり、息の長い支援者になったりする例もたくさんあるそう。
大規模なクラウドファンディングは一段落したが、旧前川邸ではクラウドファンディングサイト「READYFOR(レディーフォー)」を通じて継続支援の仕組みを考案中。少額からでも参加できるよう計画しているという。
余談だが数年前の第1回クラウドファンディングにも参加し、銘板に名前を刻んでいただいた筆者。いつまで掲示されるかはわからないが、自分が死んだ後もこの建物が百年、二百年と残ってくれれば、こんなにロマンのある想像はない。たくさんの人が今後も支援に加わってくれることを心から願っている。あなたも一口いかがだろうか。
参考リンク:旧前川邸
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
[ この記事の英語版はこちら / Read in English ]
▼野口健司が切腹したと伝わる角の部屋
▼田野さんの尽力により、門が解放される日は年々増えている
▼遊女・明里のエピソードの残る坊城通側(出格子は現存しない)
▼取り外された長屋門側の出格子に残る刀傷
▼旧前川邸のかつての全景
▼現在は正面が売店、右側が母屋、左奥に中庭と蔵がある
▼蔵の地下に設けられた貴重品の保管スペース
▼細々したものを収納した蔵の階段だんす
▼ジオラマからは近隣一帯が新選組ゆかりの地だとわかる
冨樫さや



























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