
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団して2年目の冬。京都・梅小路公園の夜は底冷えするほど寒かったが、公演を終えた夜のテントには体力を持て余したイキのいい若者たちが集まり、その場は異様なまでの熱気に包まれていた。
そこになぜか連行されるように混ざることになった私まで逃げ場のない地獄の練習に参加……余力をすべて削り取られる日々。当時は夢を追いかけるというより有り余ったエネルギーを使い果たすことに達成感を覚えていた。
22時過ぎに練習を終えると近所の銭湯へ直行。梅小路公園から歩いて行ける昔ながらの銭湯は23時頃まで開いていて、ボコボコ湯(バイブラ)に浸かりながら他愛ない世間話をするのが、あの頃のささやかなご褒美だった。
・夢を語るのが普通
唐突だが、サーカスは夢を語ることが当たり前の環境である! 「空中ブランコを飛びたい」「オートバイショーに出たい」そんな言葉が日々飛び交っている。後輩の彰吾(17)もマ〜シ〜(27)も空中ブランコのデビューを目指して魂を燃やしていた。
一方でごく普通の文系大学を卒業した私は、誰かに夢を打ち明けるのが苦手だった。恥ずかしいし、少しイタい感じもするから。今にして思えば「東京の冷めた学生」みたいな感じがクソ寒いが、元々そういうキャラなのだから仕方ない。
先輩から「サーカスは夢を届ける仕事なんやから、自分も夢を持たんとアカンやろ」と言われても、自分の夢が何なのか分からない。たぶん学生時代に自分の心に真剣に向き合ってこなかったからだろう。
それでも練習は好きだった。日々、自分の限界の幅を押し広げていくことに充実感を覚えていたし、年齢もキャラもバラバラの2人と汗を流すことで青春を味わうことができたからだ。
銭湯でふと鏡に映った自分の姿を見ると変化を感じた。少し前までひょろひょろだったのに気づけば胸板がわずかに厚くなり、腕も少し太くなっている。
そんな外見の変化に引っ張られるように内面も少しずつ変わっていった。簡単にいえば自信がついてきたのだ。
・銭湯にて
ある夜、いつものように3人で銭湯へ。ボコボコ湯に浸かりながら「順調に行けば、あと2年くらいで空中ブランコのデビューだな」と、まだ空中ブランコの練習もしていない彰吾とマ〜シ〜が語り合っていた。
まあでもサーカスで育った彰吾には、なんとなくデビューまでの道筋が見えていたのだろう。今舞台で活躍している団員よりも “サーカス歴” でいえば彰吾の方が長いわけだし。入団間もないマ〜シ〜も「だな……」と謎に納得した表情を浮かべていた。
んで、話の流れ的に今度は私の番となる。2人のように舞台志望でサーカスに入ったわけではない自分にとって「夢は何か」と聞かれるのは毎回キツい。高所恐怖症だから空中ブランコを飛びたいなんて1度も思ったことがないのだ。
そこで、ちょっとギャグっぽく「じゃあ野球選手になるか」と口にしたところ……
なぜか2人とも「最高」「マジでいいね」と真顔で返してきた。待て待て待て……こっちは夢がないから、とりあえず小学校の卒業文集で書いた夢を口にしてごまかしただけ。
それなのに2秒後には「じゃあ、とりあえず練習後に素振りもした方が良くね?」「いやバット持ってねえよ」「買えよ」という流れに。
──そして翌日、京都の名門・平安高校(現・龍谷大学附属平安高等学校)のスグ近くにある野球用品店に行き、気づけば約8000円のバットを買ってしまっていた。
・深い理由
思い返せば約1年前、沖縄公演の解体作業の休憩中に、団員たちと「丸めた軍手」と「角材」で野球っぽいことをやったことがある。
サーカスで唯一の野球経験者である私は、わずか5メートルほどの距離から調子に乗って本気で投げると……
丸めた軍手はキャッチャー(野球未経験)の胴体を貫通するくらいのスピードで飛んでいき、当然バッターは空振り。キャッチャーは「イヤァァアアア!」悲鳴を上げながらボール(軍手)をよけていた。体感速度は180キロくらい出ていたかもしれない。
その瞬間「ウオオオオオ!」と歓声がわき、私は “野球キャラ” として一目置かれる存在に。おじいちゃん団員の藤本さんからは「お前ならプロに行ける」とまで言われた。行けねえわ。
・木下サーカスは名古屋市で公演中
──というわけで、今回はここまで。現在、木下大サーカスは愛知県名古屋市の「白川公園」で公演中だ。名古屋公演は10月27日までなので、興味を持った方はぜひ現地で本物のサーカス・ショーを楽しんでみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.
砂子間正貫







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