岩手県の景勝地「厳美渓(げんびけい)」。紅葉シーズンのいま、渓谷美を求めて多くの人が訪れるスポットだ。景色だけでも素晴らしいのだが、対岸から谷を渡って届けられる「空飛ぶ団子」が名物だという。
渓谷×紅葉×団子なんて最高じゃないか。真っ赤に色づいた木々と清流を背景に、ベンチにでも腰かけてゆったりお茶と団子をたしなむ……「これぞ日本の秋」と言いたくなる風雅な光景だ。ところが。
・厳美渓を滑空してくる「空飛ぶ団子」
現地で筆者を待っていたのは雨だった。それも「ちょっと頑張れば観光できる」程度の雨ではなく、カッパを着たうえでカサをさしても足元からぐずぐずと雨水が上がってきて、手に構えたiPhoneはびしょびしょ。肌が露出した部分から容赦なく体温をもっていかれる……というガチの雨だった。
秋レジャーは天気が命。さすがにこんな状態なら人もおらんだろ。あ~あ、団子も中止かぁ……と思っていたら、岸に建てられた東屋(あずまや)の付近にだけ人が集まっているのが見える。まさか、飛んでるのか……? 雨だぞ……?
やっていた! 仕組みはこうだ。岸に設置されたカゴに代金を入れる。一人前なら500円、二人前なら1000円という具合。お金を入れたら木の板をカンカンと叩く。高く響く硬質な音なので、対岸にまで聞こえる。するとカゴがするすると対岸に引っ張られていく。
晴れた日にはカゴの前に行列ができるものの、自分の番さえ来てしまえば商品提供にはさほど時間がかからないという。ドキドキしながら待つと……
空を飛んで商品が戻ってくる。滑車の力で、シャーッと滑るように駆け降りるカゴ。そのスピードたるや、見ている人から、どよめきが起こるほどだ。
しかし繰り返すが天気は雨。もはや本降りと言ってもいい。こんな状態で無事に食べられる物が食べられる状態で届くのだろうか……。心配をよそに、カゴはお客さんの前でぴたりと静止する。決して激突したりしない。
紙コップに入ったお茶は、なぜか1滴もこぼれていない……!! これは『頭文字D』で藤原拓海が見せた驚異のドライブテク……!
団子はビニール袋で完全防備なので、水が染みることもない。まったくの無傷である。空中にあるのは一瞬だったから、外気はあまり関係がないのかもしれない。
雨を逃れようと狭い東屋に人が集中してカオスになりがちなことを除けば、天気の影響は皆無! 何事もないかのように平常運転している。
中身は5玉団子×3本入りの大ボリューム。黒ごま、あんこ、しょうゆの3色だ。
この団子もまた、寒空を滑空してきたとは思えないほど、ふんわり&もちもち。空を飛んでいなくても十分に名物になり得る美味しい団子である。
客足は途切れない。老若男女が次々に団子を注文し、東屋のわずかな屋根の下で押し合い・へし合いしながら立ち食いしている。客のメンタルも強いが、わざわざやって来たお客さんをがっかりさせないよう、黙々とカゴを引き上げ続ける団子屋さんも強い。
唯一の難点は、団子が滑ってくるたびに目を奪われ「誰も景色を見ちゃいない」ことだろう。悪天で渓谷の魅力が半減していることもあるが、東屋の周り以外には人の気配がない。カメラが向けられるのもカゴである。完全に主役を食っている……。
・今期の営業は11月末まで
ついつい「滑空だんご」と呼びたくなるが、正式名称は「郭公(かっこう)だんご」。対岸の郭公屋(かっこうや)から届けられる。なんと創業明治40年の老舗だという。
対岸まで行けば店内飲食も可能。完売時や強風時には販売中止で、目印の黄色い札が下げられる。また、冬季はやっておらず、今年の営業は11月30日(土)まで。
自分の番が終わっても、団子が滑空するたびについつい振り返って眺めてしまう「郭公だんご」……「花より団子」とはこのことだ。
参考リンク:一関市公式観光サイト「いち旅」
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.