エジプトが「世界三大ウザい国」の1つに数えられている……という件については以前の記事で詳しくお伝えした。世界の広さを棚に上げて人様の国を「ウザい」だなんて、冷静に考えると失礼な気もしなくない。

この場合の「ウザい」は、「しつこい」「人懐っこい」「鋼のメンタル」の合わせ技みたいなエジプト人の国民性を指しているのだ……と、個人的には思う。ただの陽気な市民と悪い人との区別がつきにくいため、慣れない外国人は疲れ果ててしまうのだ。

本記事は私がエジプトで “ウザさの向こう側” を目撃したお話である。

・あの主人め……

エジプトの首都カイロ。私はタハリール広場から徒歩20分ほどのホテルに約2週間連泊していた。

余談だが、ここの主人はシレッとグレードの低い部屋に案内しようとしたり、クリーニング代をチョロまかそうとするなど非常にケチくさい人物。「日本へ帰ったらサイトの口コミにメチャメチャ書いてやる」……そんな決意を支えに、私はどうにか2週間を耐え切ったのだ。

すると! チェックアウト後、その主人から「口コミに高評価ヨロシクね!」「まだ書いてないじゃん」「オハヨ」「ねぇ、生きてる?」など、まるでツレみたいなメッセージが毎日届くようになったのである。

あれだけ悪態をついておきながら高評価要求って、一体どんな神経? そう不思議で仕方ないのだが、あまりにフレンドリーな態度に憎しみは次第と薄れ、けっきょく私は低評価を思いとどまった。 “悪意ゼロの自己中” ……それがエジプシャン・スタンダード。


・本題である

余談が長引いた。そんな居心地の悪いホテルとタハリール広場とを往復するため、私がほぼ毎日通っていた道があった。

すると時間帯がバラバラにも関わらず、いつも決まって同じ場所で、同じ男が「ヤッホー」と声をかけてくるのである。声をかけてくるエジプト人はたくさんいるが、コイツのしつこさは並大抵ではない。放っておくととどこまでもついて来ちゃうんだから。

「ついて来ないで」とハッキリ言っても来るので、3日もたつと私は完全無視を決め込むようになった。コイツのスゴイのは、それでも来るところ。日本の草食系男子にこの光景を見せたらショックで倒れるかもしれない。

男は「僕はすぐそこで店をやっているんだ」と言ったが、特に何かを売りつけようとするでもなく、「いい天気だね」とか「僕は日本へ行ったことがある」とかを1人で永遠に喋り続けていた。1週間がたったころ、私はその道を通るのをやめた。



・ウザさの向こう側

あっという間にエジプト最終日。せっかくなのでエジプト料理のフルコースを食べる。

人によって好みが分かれそうなエジプト料理をつつきながら、ふと、私の脳裏に「2度とあの男に会うことはないのか……」という思いがよぎった。アイツが死ぬほどウザかったことは確か。でも不思議なもので、カイロで一番印象深い思い出もまた、あの男なのである。

店を出たあと、私はもう1度だけ、あの道を通ってみることにした。ここカイロには当然ながら多くのアジア人が往来している。仮にあの男がいたとして、向こうは私に気づかないだろう。


すると……



「あ、あの日本人じゃん! 元気〜?」


・完敗である

心の中で「負けたよ……」とつぶやいた私は、「あなたの店を見たい」と自ら申し出た。営業の本質ってつまり、こういうこと。ねばって、ねばって、ねばり抜いて、ウザいを超えた先に生まれるもの……それは「あなたからモノを買いたい」という感情だ。まさかカイロの男に教えられるとは思いもしなかった。

広さにして10坪ほどの男の店は1階で絵画や土産物、2階で香水を売っているとのこと。「最高の香水を破格で売ってあげる」というので、2階へ上がることに。

「あのシャネルも、グッチも、ディオールだって、香水にアルコールが含まれている。だが……ウチの香水にはアルコールが入っていないんだ!」と、誇らしげに語る男。香水にライターの火を近づけるパフォーマンスは、アルコールが入っていないことの証明らしい。

正直アルコールの有無はどちらでもよかったが、コーヒーを出されてしまったので黙って男の話をきいた。

なんとなく好みの香りを選んだ私は「そろそろ帰る」と男に告げた。最後に彼に会えたことに運命じみた感覚をおぼえたものの、別に長話をしたいわけではない。ましてや再び会いたいわけでは決してない……ってことで、お会計〜!


「安くしとくぜ……特別に500ドル(約7万3000円)だ!」


・なん……だと?

なおエジプトでは通貨安の影響により、本家のエジプトポンドより米ドルやユーロが力を持っている。男のいう500ドルとは、正真正銘500アメリカ・ドルなのであった。いやバカか!!!!!

3000円くらいを想定していた私は「ごめん、やめとく」とコーヒー代を置き、イソイソ出口へ向かった。ここへ来た以上、多少ボラれる覚悟はしていたが、さすがに7万円はやりすぎだ。最近の日本人はそんな金持ってねえぞ、よ〜く覚えとけ。


すると男は一瞬で「300ドル」と、大胆な値下げ額を提示。すったもんだの末……


「ハーフボトルを50ドル(約7300円)」という、なんかよく分からん着地点で双方合意となった。シャネルより優れた成分でできているはずの香水が、パチモンのシャネルの袋に入れられている点が味わい深い。


帰国後……友人たちに「それでもボラれてる」と怒られてしまったけれど、私は男の営業努力に対価を支払ったワケなので、後悔していないどころかいい買い物をしたと思っている。彼のことは生涯の思い出として記憶に残るだろう。また会いたいとかは1ミリもないが。

チップ文化のない日本人にはなかなか到達しづらい境地へ、あなたを誘(いざな)ってくれるかもしれないエジプトの旅。特に営業の仕事をしている人、カイロであの男を探してみてはどうか?

執筆:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.

▼ちなみにこちらはエジプトで出会った猫