私(佐藤)の普段の移動手段は電車と徒歩である。編集部と自宅を行き来する手段は、電車と徒歩。それ以外、取材先に行くのもほぼ電車である。

2024年3月から「ぶらり循環バスの旅」という企画をスタートするまで、バスに乗る機会は年に何回もなかった。正直に言うと、それまでバスが好きではなかったのである。

ところが、バスに乗るようになってから、街の見方がスッカリ変わってしまった。街を織りなすさまざまな要素に気づくようになって、強いて言えば「解像度」が上がったのである。見えていなかった街の景色が見えてきているのだ。

・バスは酔うもの

「バスが好きではなかった」、その理由は幼少期の体験の影響ではないかと思っている。私が生まれ育ったのは、島根県の郡部の小さな町だった。県庁所在地の松江市の中心部から車で約1時間弱。大抵のことはその町でこと足りていたのだが、時々市街地に出かける必要があった。

父が休みの日なら車で出かけられたが、平日はそうはいかない。母が免許をとる以前は、バスで出かけることになった。当時、長時間の車移動に慣れていなかったために、乗る度に酔ってしまい、「バスに乗ると酔う」というイメージが植え付けられてしまった。

大人になって酔うことはなくなったが、形成されたイメージは払拭されることはなく、この歳になった。


・街を知る手がかり

そんな私が循環バスの企画を思い立ったのは単純な理由だ。テレビの街ぶら番組なら、目的地に向かって一方通行で進んでいく。それが出発地に戻ったら、面白いかな? と思い、循環バスに乗ることを選んだのである。


実際に乗ってみると、循環バスは街をめぐるのにちょうどよく設計されている。観光型の循環バスは、名所と言われる場所がルートに盛り込まれているので、見どころをたどるのに適している。コミュニティバスは、高齢者の足として利用されていることを想定しているので、地域の主要施設を訪ねるのに向いている。

つまり、循環バスは街を知る手がかりのひとつになる



・街の見方が変わる

それからバスは速度もいい。停留所で止まる都合で頻繁に停車するし、安全な運行のために基本はゆっくり走るのだ。だから、街の景色をじっくり見ることができ、何か気になるものを車窓から目撃したら、次の停留所ですぐに降りることもできる。寄り道しやすいのである

さらに、停留所の場所を確認する際に、よく地図を見る。すると、街の地理にも関心を持てるようになり、意外な発見をすることが多々ある


最近でいえば、船橋を訪ねた際(山手ループ線)に、地図上に巨大な円を見つけた。そこは旧海軍の無線基地だった「行田公園」である。地理から街の歴史をひも解くのも楽しい。


普段は入る機会のない、美術館や博物館、資料館に立ち寄ると、街の歴史だけでなく、美術品や工芸品、その地に縁のある人物のことまで知ることができる。

東京・代々木上原の「古賀政男音楽博物館」を訪ねた時には、日本の大衆音楽の歴史まで学ぶことができた。ミュージックライブラリーには、生涯で5000曲を作曲した古賀メロディーのうちの1000曲が収蔵されている。それを聞くことで、音楽の歴史にまで触れることができた。


総じて、「街の見方」を変えてくれたといっても、言いすぎではないだろう。それが見知らぬ土地だけでなく、身近な土地であったとしても、同じように変えてくれたのである。



・不便ではあるけど

電車では速すぎて見落としてしまう。徒歩では遠すぎてたどり着けない。そんな場所にバスは運んでくれるのである。

その気づきが私のバス嫌いを変えてくれた。とはいえ、バスの利便性は決して高くはない。電車のように定時に来ないし、地域によっては運行便数がいちじるしく少ない。車両によっては、狭くて混み合っている。

それでもなお、バスが導いてくれる先の発見は、それら不便を補って余りある


見慣れた日常に新しい風を吹かせてみたいのであれば、バスに乗ってみるといい。そして気になった場所で降りてみるといい。そこで思わぬ発見があるかもしれない。短時間で旅気分を味わえるバス移動をおすすめしたい


執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
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