
東京駅の八重洲コンコースにてJR東海が開催した「空也上人大集合展」。期間は5月20日から6月18日までということでそこそこ長かったが、いつ見ても人気がヤバかった。
空也さんも死後1000年以上経過した世にて、このような形で自らの姿がトップコンテンツになるとは思っていなかったろう。当サイトでも佐藤英典が見に行き、展示されている空也上人立像の精巧な模刻を前に “いずれは京都で実物を見てみたい” と記している。
それな。私も歴史の授業で空也上人立像を習ったが、それからはや30年……待てよ、30年もスルーしてたってマジか。放っておけば一生見ずに終わる可能性が高い。今すぐ見に行くしかねぇ……!
・そうだ京都
こういうのは思い立ったが吉日だ。 頼むJR東海! オラを本物の空也上人立像のところまで連れてってくれ……ッ!!
ということで今年の夏の「そうだ 京都、行こう。」のプレスツアーに参加して京都へ。像があるのは六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)だ。さっそく本物と初対面といきたいところ。
上の写真は四条大橋からの鴨川の眺めだが、ここから超近いらしい。スマホで地図を見たら徒歩10分くらいだと出た。
は? マジかよ。この辺りは祇園祭で ちまきを食った時や、二寧坂のスタバや四条大橋の神中華をレビューした時にもうろついている。その全てで、徒歩圏内に空也上人立像があることに気付かずスルーしていたらしい。
というか八坂神社も清水寺も建仁寺も徒歩圏内なので、京都に1度でも観光に訪れて六波羅蜜寺を未経験な人は、高確率で私のようにニアミスしていると思われる。
・六波羅蜜寺
ということで、こちらが今もっともホットなお寺、六波羅蜜寺です。
空也上人立像は、2022年5月22日にオープンしたばかりの令和館に収蔵されている。
なぜ令和館と名付けたのかを住職の方に伺ったところ、京都国立博物館の「平成知新館」に対抗し “うちは令和館だ” とのこと。命名のノリが想像を超えるイージーさ。
そしてこれが本物の空也上人立像。うぉぉ、ほ、本物や……!! まるでハリウッドスターを初めて生で見た時のような感動がある。
数時間前に東京駅で模刻を見てきたばかりだが、本物は全然違う。いや、あの模刻の出来が悪いというわけではない。
あれはあれでよくできているのだが、現在のいわゆる “等身大フィギュア” を作る技術の限界なのではなかろうか。写真からだけでも細部の彫りのエッジのたちかたなどが違うのが分かると思う。
見どころはたくさんあるが、まず意識させられるのは目の輝きだ。玉眼といって水晶だかをはめ込んでリアルに見せる技法で、それ自体は様々な仏像等で見られる。しかしこの空也上人立像は思った以上に生々しい。
玉眼がインストールされた阿弥陀像などは見たことがあるが、それらは外見がリアルな人間と明らかに違っている。対して空也上人立像はリアルな人間がモデルで、しかも工作精度が異常に高い。この生々しさの理由はそのあたりにあるのかもしれない。
こうして本命を堪能したわけだが、六波羅蜜寺で見るべき像はこれだけではなかった。同じく収蔵されている平清盛坐像や、あの運慶によるものとされる地蔵菩薩坐像も素晴らしい!
お寺の方に色々と質問しながら見ていたところ、こんな像も収蔵されていた。誰やろこれ。この顔は神とかの類ではない。解説を見ると……
えっ、運慶? 国内最強格な国宝メーカーの運慶さん!? 彼が作った像は色々な所で見てきたが、運慶本人の像を見るのは初めてだ。こんな顔してたんですか。
・模刻も
ちなみに本堂には、もっと近くで見られる精巧な模刻の空也上人立像が置かれている。これも凄まじい一品だった。作成したのは彫刻家の堂本寛恵さん。
これは堂本さんがまだ東京藝術大学 大学院に在学中だった1998年に製作を開始したもの。本物と同じ素材、技巧で作るというルールのもと、2年をかけて100回以上も六波羅蜜寺に通って完成させたそう。
凄まじい話だ。像にも尋常ではないものが宿っていそう。本物だけでなく、こちらも必見だと思う。ご本人は現在、彫刻家として仏像の制作だけでなく、国宝や重要文化財の修復などにも携わっているという。
ということで、本物の空也上人立像と六波羅蜜寺。空也上人は何かと凄い信念を感じさせる伝説を持つ方だが、後の世に作られた彼の像は執念を感じさせる凄まじいクオリティで、その像を模した像もまた、作者の強い執念を感じさせるストーリーを持っていた。
種類は違うかもしれないが、何にせよ全てに強い念の存在を感じさせるところがなんだかドラマチックだ。
きっと本物というのは “持ってる” ものなんだろうな。やっぱりちゃんと1度は見ておいた方が良いと思う。
ちなみに重要文化財に指定されている空也上人立像は全部で四つある。六波羅蜜寺のものを除くと、残りは京都の月輪寺、滋賀の荘厳寺、そして愛媛の浄土寺だ。一気にコンプしてみるのもいいかもしれないぞ!
参考リンク:そうだ 京都、行こう。、六波羅蜜寺
執筆&写真:江川資具
提供写真:JR東海
▼『岸部露伴は動かない ルーヴルへ行く』が超タイムリーな飯豊まりえさんの音声ガイドも聞ける。
▼正月の三が日にしか出されない皇服茶(おうぶくちゃ)を飲ませて頂いた。空也上人が、梅干と昆布の入ったお茶で疫病の流行を抑えたという生前のエピソードに基づいたお茶。ご住職によると「身体も財布も風邪をひかないという謂(いわ)れから、観音様の厄難避けのお守りとともに紙に包んだ種も、財布などに入れて身につける」とのこと。
格好いい茶碗。ちょっとほしい。
厄難除けのお札。
▼空也の御朱印
▼日本最古な都七福神まいりのスポット
▼ここから先は、本文に入れられるほどの確証が無い内容。しかし本文よりも長く、時間もかかっているという本末転倒気味なコンテンツ。完全に余談となるが、六波羅蜜寺は歴史を考えるとずいぶん狭い。
そんなことを思っていたら、ご住職による解説の中に “昔はもっと広かった” という発言があった。六波羅蜜寺も多くの寺院と同様に、明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)にやられたもよう。
では、以前はどれくらいデカかったのだろうか? 気になったので可能な範囲で調べてみることにした。廃仏毀釈で弱体化するより前の時代の京都の地図があれば、なんとなくわかるはずだ。
色々探し回った結果、国際日本文化研究センターと国立国会図書館に地図が所蔵されているのを発見。それらを現在の地図を見比べて私なりに推測した結果がこう。
恐らく測量などろくにせず作られた地図なのだろう。時間がかかったわりに、ぶっちゃけ主要な道路との位置関係くらいしか参考にならなかった。それすらも地図によって違っているという有様。
ゆえに参考にした地図の信頼度は低いのだが、すぐそばで同じく昔から存在した建仁寺と西福寺、そして六道珍皇寺はいい目印になった。
多くの地図で六波羅蜜寺は松原通のすぐそばか、あるいは松原通に面した形の2パターンで描かれていた。
私は西福寺と松原通の位置が現在と変わっていないと仮定し、六波羅蜜寺は松原通に面していなかった説を採用。西福寺との境界を六波羅蜜寺の北限とした。
そして現在の松原橋と五条大橋のちょうど中間くらいまでが敷地として描かれているパターンが目立つように感じたのと、柿町通もけっこう古いと思われる(カキ丁や垣町などの表記でそれっぽいのが出てくる)ため、敷地の南側の端は現在とそう変わらないのではないかと考えた。
また、六波羅蜜寺から四天辻子と呼ばれる道の間には、時代によって屋敷なり寺なりがあったらしいので、ほど良くスペースを空けておいた。そんな感じで行きついたのが上の図だ。廃仏毀釈でやられるまでは、恐らく今の5~6倍くらいの敷地があったのではないかと結論付けた。
ここまで書いた状態で、本記事は六波羅蜜寺にお渡しし、内容の事実確認と表記に関する監修を受けている。
そこで、有難いことに住職の川崎純性氏が興味深い情報を授けて下さったので以下に記載するぞ!
川崎住職
「松原通は旧五条通り。六波羅蜜寺は江戸期までは松原通に面していて北門がありました。柿町通も昔からの道ですが、第二次世界大戦時に拡張されて今の形になりました。(五条通も)戦災のなかった京都ですが、道の拡張のためあちこちの建物が取り壊されました。
明治の廃仏毀釈までは、江戸時代も今の約10倍の境内地であったと言われてますが、この時代、六波羅蜜寺は建物の多くを取り壊されたので、江戸時代の資料が残っていません。
平安時代、空也上人の没後、天台別院のころは今の100倍程の境内地があり、広い場所があったので平家屋敷が建てられることになります。今も町名などにその名残があります(池殿町、門脇町など)。平安時代の境内地の大きさのイメージは鴨川の東岸から東大路、四条通りから七条通りの範囲」
うぉぉおおお、なんという! 残念ながら江戸時代の資料はお寺からも失われているそうだが、この情報がヒントになり、京都市埋蔵文化財研究所が行った六原学舎(六波羅蜜寺と西福寺の間の学校)の新築工事の際の調査報告書(PDF)を見つけたのだ!
この調査では江戸時代から弥生時代までの地層を発掘。六波羅蜜寺の失われし北門や、かつての敷地を示すと思われる柵の遺構も発見されており、頼もしいことこの上ない資料だ。
また、私は明治に入ってから敷地が一気に縮小したものと思っていたが、ご住職の話によるとそうではないようす。江戸時代にも破壊が行われていたとのこと。
その点を把握した上で、あらためて私の参照した地図の年代をチェックすると、鎖国以降から幕末、明治初期の神仏分離令が発せられる数年前のものが多かった。
これ等の地図で六波羅蜜寺の大きさが不ぞろいなのは、不正確な作図が全てというわけではなく、当時の破壊による実際の敷地の変化の影響もあるのかもしれない。
ということで、私が作成した図は江戸時代に色々と破壊され、これから明治政府の手で一気に弱体化する前夜のイメージである可能性が高い。
ただし違っているであろう点も明らかになった。それは寺の北限と西限だ。先の発掘調査にて北限を示す北門および、柿町通から北門へ続く道の痕跡と思しき柵の遺構と、西限を示すと考えられる堀や柵の遺構が発見されているのだ。
北門の左右には堀と柵があったことも判明している。また、西限であろう柵や複数の堀の内側には物見櫓(ものみやぐら)と思しき建造物痕もあったようで、防御施設だと考えられるそう。
また、それら防御施設群は、天文法華の乱の時期と一致しているという。きっと当時の六波羅蜜寺でも、武装した僧兵が乱に備えていたのだろう。一連の情報を今の地図に描きだすとこんな感じ。
江戸の遺構からは、室町時代ほど多くの建築物の痕跡は見つかっておらず、かわりにゴミ捨て場と思われるデカい穴などが見つかっていることから、室町~江戸までの間に北限や西限がより拡張されたとは考えにくい。
東限を示す遺構についての発掘調査のデータを見つけられないため、そちら側は分からない。だが、少なくとも室町~江戸までの六波羅蜜寺の北&西側については、現在の六波羅学舎の敷地の少し内側に位置していたと考えていいのではなかろうか。
そこに “今の約10倍の境内地” “柿町通も~今の形になりました” というご住職からの情報を加味すると、江戸時代のサイズとしては私が最初に描いた地図よりも東と南側の方角に広かった可能性が考えられる。
最後にせっかくなので ご住職の話にある、六波羅蜜寺がまだ天台別院だったころの、平安時代のイメージも再現してみよう。南北は “四条通りから七条通りまで” で、東西は “鴨川の東岸から東大路” ということなので……
デカすぎんだろ!
平安時代における、現在の東大路よりも前にあった道の正確な場所がわからないのでとりあえず直線にしておいたが、この規模になればその辺はもはや些事。広すぎて宇宙から見えそうなレベル。
こうなると平安から室町までの変遷も気になるが……いや、これ以上はさらに数か月の調査を要するだろう。
圧倒的な歴史を誇る施設の過去をたどるというのはいつだって興味深い。ついのめり込んでここまで来たが、実はこのエクストラコンテンツのためだけに締め切りをぶっちぎっている。そろそろヤバいので、今回はこの辺で。
江川資具





















東京駅の「空也上人大集合展」に行って、空也上人になってきた!
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