デアゴスティーニと双璧をなすパートワーク(分冊百科)の大手、アシェット・コレクションズ・ジャパン。このたび『ピーターラビットの世界 イングリッシュガーデン&ハウス』が創刊された。
全130号を経て完成すると、イギリス湖水地方のコテージハウスや、ピーターのほら穴、イングリッシュガーデンといった作品世界のジオラマが広がるというもの。
しかし、破格の創刊号につられて定期購読を始めると大変な地獄を見るパートワーク。あひるねこ記者の連載「週刊デアゴスヌーピー」や筆者の過去記事など、その悲劇は枚挙(まいきょ)にいとまがない。
「絶対に買わないぞ」と決心しながら書店で実物を手に取ったとき、筆者の脳裏に走馬灯のように思い出がよみがえってきた。
・いまでいう聖地巡礼
好きな映画や小説やマンガにゆかりの地を特定し、訪ねて歩く “聖地巡礼”。宗教的言葉を軽々しく使うことへの賛否もあろうが、近年では公式自らロケ地マップを公開するなどファン活動のひとつとして定着している。
いまから15年以上前、筆者もイギリス湖水地方でピーターラビットの舞台を巡ったことがある。
作品に描かれたのと同じアングルを発見し、物語を再現した写真を撮ったり「いま同じ空気を吸っている!」と深呼吸してみたりする興奮は、対象は違えども「萌え」や「推し」を知っている方ならきっと共感していただけるはずだ。
たとえば作者のビアトリクス・ポターが暮らし、多くの絵本に登場するヒルトップ農場。
イメージどおりの農村地帯なので交通の便が悪く、筆者は現地で申し込める数時間の日本語ツアーに参加した。車であちこち送迎してもらえるシステムだったが、日本語ツアーにもかかわらずガイドは英語しか話さなかった。
どこが日本語ツアーなのかというと、車内で「日本語の案内テープ」を流すのだ。しかし地元在住らしきガイドさんは日本語がわからないので、音声のタイミングと車窓の風景がまったく合っていない。
同乗したもう一組のご夫婦は語学に堪能な様子で、ガイドさんと英語でペラペ~ラと会話をしている。
さっぱり理解できない筆者は、わかったような振りをして「Ah~Hh~」と相づちを打つばかりだったことは屈辱的な黒歴史だ。
もしかしたら地元民しか知らない、とっておきの作品秘話なども話されていたのかもしれないが……たぶん「天気がどう」とか「今年の収穫はどう」とかいう話だろう。絶対そうだ。
ビアトリクス・ポターは環境保護活動に尽力した人で、ナショナルトラストに多額の私財を投じたことで知られる。そのおかげで、湖水地方には物語に登場する伝統的な農村風景がそのまま保存されている。
周囲のニア・ソーリー村や、ゆったりと曲線を描く丘陵など、絵本のワンシーンをそのまま切り取ったかのような風景は現実世界とは思えず、本当に、本当に美しかった。
そしてどこにでも日本語があった。
100年後に1万kmも離れた島国の言葉の看板が立つとはビアトリクス・ポターもびっくりであろう。
・温度差を感じるショッピング
各所にはささやかなショップがあり、絵葉書、フィギュア、食器といった公式ライセンス商品が並んでいた。「もう二度と来られないかもしれない」と悲壮な思いを抱えた筆者は、厳選に厳選を重ね、5つほどのフィギュアを選んだ。
そのうちのひとつがヒルトップ農場のスケールモデルで、緑の春夏バージョンをチョイスした。店頭にはもうひとつ、雪をかぶった冬バージョンがあった。
当時のレートで数千円はする商品であり、断腸の思いでひとつに絞ったのだのだが、このとき両方買ってこなかったことは筆者の人生の三大後悔のひとつだ。
ところが、レジに向かった筆者を待っていたのは周囲の「Wow……」というどよめきだった。見ると、周囲の(日本人ではない)お客さんが手に取っているのは絵葉書1枚とかその程度。何も買わずに首を振り振り店を出る人も多い。総じて欧米からの観光客は財布のひもが堅い。
売店で何十ポンドも支払っているのは筆者くらいで、たぶん「これがウワサに聞く爆買いか!」と思われたに違いない。
どれだけレジに人が並ぼうが、決して「店員が急がない」のも海外あるあるで、フィギュアをひとつひとつ梱包するスローモーションのような時間は永遠にも感じられた。あまりの気詰まりに、周囲に「お待たせしてごめんなさい」的なことを言ってみたのだが、たぶん通じていなかった。
・ディズニーのようなアトラクション
近くのボウネス・オン・ウィンダミアの街には、ピーターラビットの世界をジオラマで再現したテーマパーク(The World of Beatrix Potter)もあった。背景模型とぬいぐるみで絵本の名場面を表現している。
ディズニーランドのアトラクションを小さくしたような感じで、地元デパートの企画展のような手づくり感もある。人によっては「子どもだまし」に映るかもしれない。だが、もんのすごく楽しかった。なんなら鼻血を出さんばかりに感激した。
そして繰り返しになるが、どこにでも日本語があった。なんだろう、このありがたいのだけれど、いたたまれないような気恥ずかしい感じ。
憧れの物語の舞台を訪ねて感激するという文化は、日本人だけなのだろうか? 「ここにピーターやベンジャミンが……!」と胸を震わせているそばで、表情ひとつ変えずに淡々と観光している欧米人との温度差が忘れられない。
・買ってしまった
そんな思い出を反芻(はんすう)しているうちに、筆者は『ピーターラビットの世界 イングリッシュガーデン&ハウス』を手にレジに向かっていた。創刊号はわずか299円だし損はないだろう。
第2号以降は1599円で、特典つきのプレミアム定期購読もある。全130号を定期購読するか、そのお金をためて航空券にあてるべきか、実に悩ましい。
参考リンク:アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.