客でにぎわう花見や縁日の道ばた、静かに闘志が燃えている場所がある。簡素なベニヤ板に向かい、一心不乱に手元を見つめる男女……「型抜き」である。

筆者も子ども時代には必ず参戦した。けれど1度たりとも勝利したことがない。

成功すると賞金が出るが、あの異様な熱気の中、だれひとりとして賞金が目当ての人はいなかったと確信している。みな自分との闘いだったのだ。そしてその闘いに勝てなかった筆者は「自分に負けた」といえるだろう。

しかしリベンジのチャンスが巡ってきた。なんと昨今では、型抜き素材をネット通販で買えるというじゃないか!


・「カタヌキ菓子(やさしいタイプ)」(参考購入価格:税込540円)

国内最後のカタヌキ菓子製造メーカー「株式会社ハシモト」の商品である。個人でも買えるものと業者専用があり、こちらは前者の「やさしいタイプ」。

箱の中にピンク色の砂糖菓子がずらりと入っている。輸送中に割れてしまったものも数枚あったが、全体的な状態は良好である。

さっそく画びょうで挑戦だ。自宅だからピンセットやヤスリなどチートツールを駆使する方法もあるが、それでは過去を克服したことにならない!

まずは正攻法でやってみる。ひたすらミゾをなぞって深くする方法だ。

あ、亀裂が入った! 一見すると本体には影響がなさそうだが、イヤな予感がする。

あっさり割れた。


後にわかるのだが、この「イヤな予感」はかなり正確で、見た目には異常がなくても本体にヒビが入る「メリッ」という感覚は独特だ。漫画などで身体の内部が透過して、骨や内臓に負担がかかっている描写を思い出していただけるとよい。

まぁ、この方法で成功するとはハナから思っていない。なぜなら子ども時代に散々失敗してきたからだ。いわば負け癖がついている。

商品はなんと100枚も入っているから、いくらでもやり直せる。点描のようにチクチクと周囲から削っていく方法を試してみた。1点に力が集中しないので、割れにくいように思われた。

実際、この方法はかなり上手くいった。途中までだがキレイに抜けている。


しかし、ちょっとしたきっかけでパッキーン!


細くも弱くもないところが割れた。金属疲労のように、少しずつ衝撃が蓄積していくようだ。ぐぬぬ……。

そういえば当時、子どもたちのあいだでは「濡らすといい」というウワサが、まことしやかに ささやかれていた。道具をもたない小学生が砂糖菓子を濡らす方法といえば……まぁ、ご想像いただけるとは思うが、不衛生なのでここではウェットティッシュを使う。

たしかに湿った型は、ピキーンと亀裂が入る感覚がなくなって彫りやすい。針からのエネルギーが伝播(でんぱ)せず、その場に留まる。

しかし「全体がもろくなる」という欠点がある。却下である。


こうなったらハシモトのサイトにある「手で割れる所は手で割る。これでだいぶ楽になります」をやってみよう。

いい感じ……と思いきや、やっぱりパッキーン!


ミゾが直角に交わる、交差点のようなところが難しい。型抜きとは、力がどの方向に、どれくらいの強度でかかるかという物理学の領域であることに気づく。私はついに世界の真理を知ってしまったのか……!

パッキーン!


パッキーン!


パッキーン!


廃墟のような砂糖菓子の山。


しかし、何度もやっているうちに、力の入れ加減がわかってくる。1度に大きく割らない、左手は添えるだけ、力の方向を考えて……


ついに、人生で初めての、型抜き成功であるー!!


感動だ! キノコ、あるいはテーブルランプだろうか?


違った。どうやら帆かけ舟であるらしい。


1度できるようになると、あとは何度でも再現できる。このような単純な図形なら、手でパキパキと割るだけで抜けるようになった。文系なのでよくわからないが、たぶん「支点・力点・作用点」である。

最後に細かいバリを針で除去すればいい。なんだかもう型抜きとはいえなくなってきた。手割り、ここに極めたり!!!

残念ながら、この方法は万能ではない。鋭角に大きく切り込んだ部分がある「うさぎ」や「飛行機」は何度やっても上手くいかなかった。力を伝えたい方向が複数になってしまうからだ。

まぁ、ここまで成功するようになれば十分だろう。ついに私は自分自身に勝った。過去の弱い自分と決別したのだ……!


と思いながらインターネットで同志の体験談を読んでいたら、気になる一文を見つけた。


店主によって、手割りは反則行為……?


なにも見ていない。なぜならこれは、店主との闘いではない。別に賞金なんてもらえなくてもいいのだ。やり遂げたという、自分の気持ちが大事なのだから。


参考リンク:株式会社 ハシモト株式会社 堀商店
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.