ウェブライターがこんなことを書くべきではないかもしれないが、マリトッツォのブームに完全に乗り遅れた。

流行りそうなものに先んじて目をつけるべき立場にいたにもかかわらず、気が付けばその甘美なスイーツは人々の心の中に入り込み、筆者以外の大多数をたやすく掌握していた。いつ手を出そうか、どの店で初体験を遂げようかなどと機を窺(うかが)っている場合ではなかった。

もはや一刻の猶予も残されてはいまい。そうして焦りが募り始めた折、筆者のもとに幸運が舞い込んできた。有名高級スーパー「成城石井」において、自家製のマリトッツォが売られているとの情報を入手したのだ。

マリトッツォと言えば、「大量の生クリームを挟んだパン」というのが基本形だが、店ごとにアレンジが施されていたりもするスイーツである。件(くだん)の成城石井においては、あまおう苺のジャムが入ったタイプと、ティラミス風のタイプの2種類が売られているらしい。

実に購買意欲をそそるコンビだ。そもそも成城石井という時点で食指が落ち着いていない。一定以上のクオリティは保証されているようなものだし、成城石井の商品を選んで大失敗するとなったら、もうこの世のどこにも正義などありはしないだろう。

ようやくつかんだ初体験の好機を逃さないためにも、筆者はUber Eatsを利用して上記2種を注文することにした。ちなみに価格はいずれも1パック2個入りで530円だった。1個あたり265円程度と考えると、意外にもさほど高くないように思う。

届いた実物を確認したところ、よく見るマリトッツォよりはクリームがこじんまりしている印象を受けたが、重要なのは食べた時の総合的な満足度だろう。というわけで、まずは苺ジャム入りの方から実食を試みる。

口に含んだ人生初のマリトッツォをじっくりと味わう。ウェブライターがこんなことを書くべきではないかもしれないが、普通に美味しい。

常識を塗り替えるようなインパクトや、あっと驚く仕掛けがあるわけではない。しかし生クリームのとろみのある口溶けや、濃厚でいてスッキリとした上品な甘さ、あまおう苺の主張しすぎない淑(しと)やかな酸味が、高水準の調和をもって味覚を包み込んでくる。

クリームに紛れ込んでいるオレンジも絶妙にアクセントを作り出し、良い仕事をしている。味わうほどに、ただただ純然たる幸福感にのめり込んでいくようだ。なるほど、ブームになるのもわかる。人間はみんな幸せになりたいのである。

ティラミス風の方も、味のタイプこそ違えど感想は変わらない。先ほど食べたものよりも更に口当たりが軽いクリームと、ほどよい苦味のココアパウダーが混じり合い、淡く甘く舌の上で溶けていく。そのシンプルかつ上質なテイストに口角が静かに持ち上がる。

いずれのマリトッツォも劣らぬ逸品で、そしていずれのマリトッツォも心身が緩むような憩いをもたらしてくれる。幸福はすぐそこに転がっているのだと、あなたは幸せになるべきなのだと教えられているような気さえしてくる。

いつの間にかマリトッツォを通じて自己啓発しそうになってしまったが、ともあれ、それだけ満足度が高かったということだ。さすがは成城石井、期待通りである。いや、同店の腕前もさることながら、マリトッツォ自体が幸福を味わえるようにできている菓子なのだろう。

これほど魅力的ならば、仮にブームの芽を誰より先に見つけていたとしても、その情報を独り占めしてしまっていたかもしれないと思う。……ウェブライターがこんなことを書くべきではないかもしれないが。

執筆:西本大紀
Photo:Rocketnews24.