背脂。この2文字を見ただけで、どうしようもなく心が躍る。背脂という言葉を記すために漢字が生まれたのではないかと思うほどだ。苦手な人もいるだろうが、こってり好きの界隈においては、死ぬほど愛されてやまない食材である。
そんな背脂がたっぷりとスープに浮かぶ……どころか、背脂100%のラーメンを提供するお店があるという情報を入手した。嘘だろ……? それってもうスープじゃなくて背脂そのものなのでは? どんなラーメンなんだ? 気になりすぎて狂いそうなので現地に向かった。
・果たして実在するのか
ときわ台駅と上板橋駅のはざま辺りに目当ての店、『下頭橋(げとばし)ラーメン』はある。
年季の入った引き戸、店名入りの暖簾(のれん)がどこか懐かしさを誘う。このクラシックな店構えの奥に、特殊なラーメンが待っているとは連想しにくい。
背脂100%……まるで果汁のようなノリで言ってのけるが、本当に実在するのか。
店に入って目についたメニュー表は、ラーメン(750円)とチャーシューメン(1100円)のみという潔さ。そこに背脂100%ラーメンの文字はない。
あらかじめ知っていなければ注文できない裏メニューだとは聞いていたので、店主に「背脂100%のラーメンって頼めますか?」と尋ねてみる。これでもし「は? 何言ってんの?」と言われたら、一生「背脂ピエロ」の名を背負わねばならないが……「できますよ」と返ってきた。
ほっと胸をなで下ろし、席に着く。それから10分もしないうちに丼がやってきた。
・果たしてこれはラーメンなのか
ついに現れたその姿を見て、思わず自分の目を疑う。
め、麺が見えねぇ…!
丼になみなみと満ちる背脂で、麺が見えないのである。動揺のあまり、「あれあれ~? 麺さんはどこかにかくれんぼしちゃったのかなぁ?」と心の中で保育士のように丼に話しかけてしまう。
目の前でひしめき合う大量の背脂。「スープじゃなくて背脂そのものなのでは?」と思っていた過去の自分に言いたい。「正解」と。
まるで背脂の海だ。こんな光景は見たことがない。しかし同時に、「こんなの美味いに決まってる」という確信も湧いていた。興奮を覚えつつ箸を差し入れ、麺の感触を探り当てる。持ち上げようとしたが……重い。背脂が重い。お前こんなに重かったっけ?
やや力を入れると、海面を引き裂いてズボボボボと麺が登場。沈没船の引き上げ作業めいたその様子は、一種のアトラクションのようでもあった。
麺はとろみのある背脂をたっぷりとまとっていて、底の方からタレも引き連れてきている。ラーメンというより油そば……いや、もはや比率的にそば油に近いが、お味の方はどうか。
・どうしてこんなに美味いのか
口に入れた瞬間、細かいことなど吹き飛ぶような衝撃を食らった。甘い。そして美味い。背脂の口溶けとともに爆発的に広がる豊潤な甘さ、むせ返るような香り、それらをコクのあるタレがさらに推し進めて脳天まで届けてくる。
濃密な味わいでありながら、丼全体の統一感のおかげか不思議とあっさりもしている。太すぎず細すぎずツルツルとした麺を夢中になってすするうちに、心はすっかり背脂の海の中。快くクラクラするような風味がたまらない。
これがラーメンかどうかよりも、どうしてこんなに美味いのかを考えるべきだ……そう思っていた私は、まもなくその理由に気付いた。
ここのお店の背脂は、ほかのお店とは違ってスープによって薄められていない。つまり限りなく純度が高いのだ。それが美味さの核だろう。今までに味わったことのない、いわば背脂の真の姿、本当の味に触れられたわけである。
こんなに付加価値が高いのに、通常のラーメンと同じ750円であるから驚きだ。知る人ぞ知る、常識を壊す一品……まさしく禁断の裏メニューと言えよう。
ただし、それゆえ提供できる数には限りがあるようなので、興味を持たれた方は気をつけて足を運んでほしい。裏メニューとはいえ、多くの人に味わってもらいたい衝撃がここにはある。
・今回紹介した店舗の情報
店名 下頭橋ラーメン
住所 東京都板橋区常盤台3-10-3
営業時間 18:00~翌4:00
定休日 水曜
Report:西本大紀
Photo:Rocketnews24.
▼衝撃の背脂100%
▼メンマが背脂の海に浮かぶ桟橋(さんばし)のよう
▼底の方まで背脂たっぷり