たとえデッサンが狂っていても、なんとかなるのがマンガである。むしろデッサンが狂っている絵のほうが、迫力が出る場合だってある。そもそもヘタウマなマンガだったら、ほとんどデッサン力(りょく)なんて必要ない。だがしかし……!
絵を描く仕事な以上、きちんとデッサンは学んでおいたほうが良い。たとえ絵を描く仕事でなくても、何かを造る仕事だったら、絶対にデッサンは学んでおいたほうが良い。“形や空間を把握すること” ができるようになるからだ。デッサン力(りょく)が乏しいままプロになると、いつかきっと悔しい思いをする。そう、私のように。
・2006年の話
あれは今から約10年前、出版不況が今まさに始まったころ。プロ漫画家生活6年目に突入しつつも、仕事の減少に苦しんでいた漫画家の私(マミヤ狂四郎)は、とある求人広告に目が止まった。そこには「漫画家アシスタント募集」とある。さらに……!!
募集主は、CG漫画のパイオニアにして大巨匠、あの『コブラ』を描いた寺沢武一(てらさわぶいち)先生のプロダクションだった!! なんと……あの武一先生がアシを募集ッ!! しかも勤務地は、当時の家から近い二子玉川ッ!! チャリ通できる!!
私も早い時期からパソコンで漫画を描いていたので、武一先生の「CG漫画テクニック」的な参考書は、ほとんどすべて持っていた。何度も何度も読み直した。そもそも絵が下手な私には何の役にも立たないテクだが、私にとってはバイブルだった。
そんな先生のもとで学びながら、さらにお金(お給料。バイトではない!)も出るなんて……まさに天国!! やるしかない! 応募するしかないッ!! 善は急げ! 情熱と気合いを見せるんだッ!! ということで、私はさっそく応募することにした。
・履歴書とデッサン2枚
応募要項を確認すると、履歴書と「デッサン2枚」と書いてある。たしかモチーフは自由だったので、私はまず、家の便所にあったトイレットペーパーを本気で描いた。
残る1枚は、相手が寺沢武一先生なので、アメコミチックなスパイダーマンの敵キャラ的なフィギュアをデッサンした。名前は知らないが、腿にヌンチャクを持っている赤鬼キャラだ。当たり前だが、笑いナシの超本気。……そして1時間30分後、完成した。
……しかし、なんか変なのだ。全然かっこよくないのだ。バランスが悪いというか、スタイルが悪いというか、頭でっかちというか、そのまんま東がコスプレして真顔でポーズをキメている……ような感じなのだ。や、ヤバイ……これでは落ちる……!!
さらに言えば、奥側の右脚も、すごく変。奥行きがメチャクチャで、トリックアートみたいになっている。そのまま堂々と「トリックアートです」と書いて応募してしまおうかと思ったが、募集しているのはデッサンなのでやめておいた。とにかく、ヤバイ!
危機感を抱いた私は、すぐさま描き直……さなかった。なにせ相手がCGの巨匠、寺沢武一先生の事務所なのだ。必須スキルにフォトショップ(Photoshop)とも書いてあったので、スキャンしたデッサン画をフォトショで修正することにしたのだ。
頭を小さくしてみたところ……おおおお! スタイルも抜群に良くなった。しかも「私はフォトショが使えますアピール」もできてしまう一石二鳥のナイスアイデア!!
嬉しくなった私は、着色までしてみた。フィギュアの色は赤かったが、なんとなく緑色に塗ってみた。「私はフォトショで着色すらできます!」という即戦力アピールもできちゃう一石三鳥のナイスアイデア!! もう受かったも同然だろう。
そんなこんなで履歴書と、画用紙に描いたデッサン2枚。あとはプリントした「フォトショ修正バージョンのデッサン×2枚」も同封、「フォトショップで修正しました」との手紙も書いておいた。正直者アピールもしたし、これは間違いなく……受かる!!
・マッハで落ちた
──しかし郵送してからわずか2日後、寺沢先生の事務所から1通の封筒が届いた。そこには「ご応募ありがとうございました。残念ながら……」と。不採用だ。私の応募封筒が到着した直後に不採用通知を発送しないと間に合わないレベルの迅速な対応だった。
たとえフォトショを使えようが、たとえ正直者だろうが、そもそもデッサンが下手ではプロの世界では通用しないのだ。この件を境に、私はデッサンを練習……することはなく、より深く “ごまかしテク” を研究することになったのだ。そして今に至る。
執筆:マミヤ狂四郎(GO羽鳥)
Photo:RocketNews24.