私(記者)はアコースティックギターを所有している。現在で何本目になるかわからないのだが、過去に所有していたもののほとんどを、不注意で壊してしまっている。あるときはひっくり返し、あるときはうかつにも蹴飛ばし、二度と弾くことができないような状態にしてしまったのだ。楽器はとても繊細で、小さな傷でも音が狂ってしまうもの。それを知りながら壊すような人間は、おそらく所有するべきではないのかもしれない。
では、壊れた楽器はどうなってしまうのか。再生不可能と判断されれば、多くが廃棄されることになるだろう。きれいな音を奏でることができない以上、処分するよりほかに手はない。
少なくとも私はずっとそう思っていた。いや、壊れた楽器の行く末など、考えてもみなかったのだ。世田谷にある山本ピアノサービスの調律師、山本勝彦さんが作り出す、「壊れたギターのドールハウス」に出会うまでは。山本さんはギターをドールハウスとして再生し、ギターホールのなかにとても素晴らしい空間を作り上げているのである。
私が山本さんに出会ったのは、「世田谷ボロ市」だ。これは、1578年(天正6年)に小田原城主北条氏政が開いた市が、そもそもの始まりである。現在まで400年以上も続く古いお祭りだ。今年(2012年)も1月15・16日の両日開催され、ユニークな出店を一目見ようと多くの人が足を運んだ。まさに祭りに相応しく、通りは人でごった返し、歩くのもままならないほどだった。
とある通り沿いに、山本さんのお店はある。店内は古いおもちゃや楽器が並べられている。使える楽器は山本さんの手によって、息を吹き返した中古楽器だ。どれもかなり良心的な価格、アコースティックギターであれば数千円程度、ピアノでも10万円以下で買い求めることができる。
使えなくなったアコースティックギターはというと、山本さんがドールハウスとして再生しているのである。それらが壁一面に飾られており、本来の役目を終えたギターでさえも、華やかに見えるのだ。
お店でお話をうかがうと、1点の作品を作り上げるのに数カ月はかかるそうだ。大まかな図面を引くと、それにしたがってギターのホールをくりぬき、買い集めた小さな部品を配置していく。
作業のなかでもっとも時間を割くのが、それら部品を揃えることなのだとか。というのも、山本さんのイメージに合うものを見つけ出すことが大変難しい。たとえば、招き猫をしつらえた和室風ドールハウスの縁側に見合う古めかしい材木がなかなか見つからない。また、現在制作中の同じく和室に敷く予定の畳は、ゼロから作らなければならない。つまり古めかしい「いぐさ」を探すところから始まる。
さらにはこれも現在制作中なのだそうだが、ミニチュアの包丁を作るために、金属を研ぐところから始めているそうだ。これらが壊れたギターのなかに散りばめられて、新しい命を宿しているようだ。すでに壊れたギターであったことさえも、忘れてしまうような世界が繰り広げられている。
私は山本さんと話をしていて、正直胸が痛む思いがした。なぜなら、それまで自分が壊したギターのことを、気にすることもなく、また振り返ったこともなかったからだ。そして、とにかく楽しそうにお話される山本さんの笑顔に感動した次第である。
今回はお店に並べられている、ギターのドールハウスを撮影させて頂いた。次回は山本さんの制作風景をお伝えしたいと思う。それまで素敵に生まれ変わったギターの画像を堪能して頂きたい。見ているだけで心がワクワクするはずだ。
写真:Rocketnews24
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▼ 壊れたアコースティックギターがドールハウスに生まれ変わる
▼ もうすぐひな祭り
▼ ディズニーの世界もこの通り
▼ 2フロアのバー、壁のモザイクも秀逸
▼ パンの棚にご注目。より現実味をもたせるために、かすかに歪めてある
▼ ミシン台がかわいらしい
▼ 「BEAR」の文字まで光っている
▼ おじいさん(山本さん)が作った部屋とは思えないほどメルヘン
▼ 元が壊れたギターだったことさえ、忘れてしまう