
世界一のサーカスを目指し、ごく普通の大学生が木下サーカスに入団。3カ月おきに全国を転々とする巡業生活の中で、舞台以外で団員たちが異常なまでに本気になるイベントがある。それは……100人規模で開催される「ボウリング大会」だ。
おそらくサーカス団員が仕事以外で最も本気になるスポーツは「ボウリング」だろう。なぜ親睦目的のボウリング大会に、全員が異常なまでの情熱を燃やすのか……今回は、そんなサーカス団員たちの “熱血バトル” について書いてみたい。
・ボウリング大会
ボウリング大会は、社長をはじめ、団員、公演を支えるアルバイトスタッフ、新聞社、スポンサー企業の関係者などを集めて盛大に行われる。毎回100人以上、多い時には150人規模になることも珍しくない。もちろんボウリング場は完全貸切だ。
表向きは親睦を目的としたイベント……なのだが、団員たちにとっては賞金と豪華景品、そして己のプライドをかけたガチンコ勝負でもある。この日ばかりは「舞台の主役」ではなく「ボーラー」としての尊厳をかけて戦うのだ。
レーンはくじ引きで決まり、1レーン3〜4人構成。各レーンには団員が入り、同じレーンになったゲストへ挨拶をしつつ、大会の簡単なルールを説明する。こうした場での立ち振る舞いまで華麗にこなしてこそ、1人前の団員なのである。
ルールはいたってシンプルで3ゲーム制。1ゲーム目と2ゲーム目はランダムに決まったレーンでプレイし、3ゲーム目は1・2ゲームの合計スコアが高い順にレーンが決まる。つまり3ゲーム目は優勝をかけた直接バトルが行われるのだ。
ゲームが終わるたびに各レーンにいる団員が参加者のスコアを手書きで記録し、それを「大きなスコア表」に書き込んでいく。全員の点数が全参加者の前に晒される残酷なシステムだ。おかげで団員たちは否応なしにライバル心を燃やすことになる。
・異常な集中力
そのため、団員たちの1球1球にかける集中力は異常なレベルに達する。隣のレーンと投球のタイミングが重なれば「お先にどうぞ」と必ずゲストを優先し、あらためて自分の間合いで静かに助走に入る。
一般的には「タイミングがかぶった場合は右側の人が先に投げる」らしいが、団員たちは誰に教わるでもなく、体感的にそういったマナーを身につけていた。
以前、飲み会の場で新聞社の方から「軽いノリでボウリング大会に参加したら、団員さんたちが本気すぎて……なぜか全員キメ顔で『お先にどうぞ』と言いますよね。さすがに笑いました」とイジられたことがあった。外から見ればシュールな光景なのだろう。
それほど集中して投げているため、スプリット(両サイドが残る状態)が出れば叫び、ガターになれば天を仰ぐ。もはや余興ではなく甲子園である。
ボウリングが初めてだったウクライナ出身のスラバも、最初こそ独特すぎる投球フォーム & ガター連発で「参加することに意味がある」的なポジションだったが、毎回この環境で投げ続けるうちに、いつの間にか優勝争いに絡むほど上達していた。
当然、ベテラン団員も負けていない。たとえばオートバイショーなどで活躍する高原さんは手にプロテクターを装着し、ついにはマイボールまで持参するようになった。
高原さんのカーブの曲がり方は尋常ではなく、最終的には本人も制御できないほど異次元の軌道を描き……スコアを落としていた。スコアはまとまらないが、あのカミソリカーブは一見の価値がある。あれこそサーカスだ。
・表彰式
全ゲームが終了すると団員たちが総出でスコアを集計し、そのまま表彰式へと突入する。最下位の参加者から1人ずつ名前を呼ばれ、社長から直接、景品が手渡されるのだ。
活躍した団員や外国人団員はマイクで一言コメントを求められ、表彰式だけで1時間近くかかることも珍しくない。戦いを終えた団員たちは、表彰式がスムーズに進むよう景品を並べ替えたり進行をサポートしたりと自然に裏方へ回る。
ちなみに私は約11年半の団員生活の中で、このボウリング大会で2度優勝している。優勝すると賞金がもらえるのだが、それを独り占めすることはない。
翌日、サーカスの売店を開放し、団員やアルバイトスタッフに好きなものを自由に注文してもらい、それをすべて優勝者がごちそうするのが伝統なのだ。1日中「おめでとうございます!」「いただきます!」などと言われ続けるのが王者の喜びなのである。
ガターに叫び、ストライクに吠え、負けて悔しがり、勝って仲間にごちそうする。仕事も遊びもすべて超本気。
舞台の上で命をかけて技に挑み、裏でも同じ熱量でふざけ、笑い、競い合う。団員たちは遊びを息抜きで終わらせず、素の人間性をむき出しにして本気で向き合うからこそ、信頼関係もチームワークも深まっていくのだろう。
・立川公演は2月23日まで
──というわけで、今回はここまで。木下サーカス東京・立川公演は2026年2月23日まで開催されている。テントの中で繰り広げられるのは、鍛え抜かれた技と歴史だけではない。団員たちの本気の熱量を立川で体感してみてほしい。それではまた!
参考リンク:木下サーカス
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.