
非常に困ったことになった。昨年12月、ベアリングの世界シェア第3位を誇る「日本精工株式会社(NSK)」からの依頼でウェブ動画のPR記事を執筆したのだが……先日、再びNSKから連絡が。
なんでも新作の動画が完成したとのことで、今年も私(あひるねこ)に記事を書いてほしいというのだ。またアンタらか……!
なぜよりにもよってロケットニュースに声をかけてくるのは謎であるが、とにかくまずは動画『___ with MOTION & CONTROL』Being篇を見てみたい。
・日本精工(NSK Ltd.)「___ with MOTION & CONTROL」Being篇
NSKは2020年から、自社の製品や技術力を使った機構で「あたらしい動き」を表現する企業広告シリーズ『___ with MOTION & CONTROL』を制作している。『Being篇』は今年完成した第6作目だ。
去年は3対の振り子型機構が主役だったのに対し、今回登場するのはゆらゆらと傾く3つの円盤。その上を3つの玉が自由に行きかっている。
玉はいろんな方向に、いろんな速度で動き回るが、決して下に落ちることはなく、その運動はどこまでもスムーズだ。
昨年の動画同様、ついつい見続けてしまう謎の中毒性を帯びているが……同時に私はこうも思った。
で、これの何がスゴイの?
・再び分からない
いや、何となくスゴイってことは伝わるのだが、ぶっちゃけ玉がコロコロ転がっているだけのようにも見える。
皆さんはこの動画のスゴさが分かりますか? そうですね。よく分からないですね。やっぱり今年も分からんぞコラ!
そこで、再び何がスゴイのか聞いてみようとやって来たのがここ。東京ビッグサイトだ。
・展示会ブースへ
さまざまな企業の最新技術が集結した「ジャパンモビリティショー2025」(2025年10月30日から11月9日まで開催)にNSKも出展しているという。
ならば乗り込むしかないだろう。だって分かりたいから!
すいませーん! 分からないんですけどー!!
・分かりたい
ブースに入っていくと……おお! 動画に出てきた円盤がある! いきなりのご本人登場だ。
なら話が早い。お前、よく分からねぇんだよォォォォォォォオオオオ!!
さらにその横には “展示会用の体感機構” なる謎の装置も。いや、これ以上よく分からないものを増やすな! いい加減にしろ!!
とそこへやって来たのが、産業機械技術総合開発センターの濵口さん(左)と、去年の記事でベアリングについて分かりやすく教えてくれた自動車技術総合開発センターの岩崎さん(右)だ。
お二人は今回の機構の設計や組み立て、動画の制作にもガッツリ携わっているという。頼む! 早く分からせてくれーーー!!
岩崎さん「結論から言いますと、スゴイのは『モノキャリア™』ですね」
モノキャリア……? またしても聞き慣れないワードである。登場人物多すぎだろ。水滸伝(すいこでん)かよ。
濵口さん「実はこの円盤を中で動かしているのが、モノキャリアというNSKが開発した製品でして……」
濵口さん「その機構を見やすくしたものが、こちらの展示なんです。この細長い棒状の部分がモノキャリアですね」
濵口さん「モノキャリアは主に『ボールねじ』と『リニアガイド』という2つの機械部品を組み合わせた装置です」
ボールねじ……? リニアガイド……?
──ちょっと何を言っているのか分かりませんが、それって世の中でそんなに使われているものなんですかね? あまり見たことないような気がするんですが……。
濵口さん「と思われるかもしれませんが、ボールねじやリニアガイドは実はたくさんの場所で使われているんです! こちらをご覧ください。画像をクリックすると拡大されますよ」
うわスゴッ! アイコンを見ると、病院のMRIや産業用ロボット、人工衛星、宇宙ステーションにまで使われているんですね。とんでもない売れっ子だ。
濵口さん「簡単に言うとボールねじは、ねじのような仕組みで回転運動をまっすぐな動き(直線運動)に変える部品です」
──回転運動を直線運動に……?
濵口さん「例えば、モーターが回転するだけでは “回す力” でしかありませんが、ボールねじを使えば、その回転を “前後に動かす力” に変えることができるんです」
──前後に動かす力に変える……?
濵口さん「リニアガイドは物をまっすぐかつ、滑らかで正確に動かすための “レールと台車のセット” と考えると分かりやすいかもしれませんね」
──レールと台車のセット……?
濵口さん「この2つの部品を組み合わせたモノキャリアが、円盤を上下に動かすことで玉を運んでいるんです」
・分からない
モノキャリアが円盤を上下に動かす……? おかしいな。分かりに来たのに、分からないことがどんどん増えていく……。
岩崎さん「ちょっとよろしいですか? つまり、モノキャリアはこういう動きをしているんですよ。
私と濵口さんはリニアガイドをやります。あひるねこさんはボールねじの軸です。はい、そこに立って!」
ウイーーーーーン
ウイーーーーーン
岩崎さん「ほらほらほらほら! 円盤が傾きましたよ!!
3つのモノキャリアが精密に動いて円盤の傾きを作り、玉の位置をぴたりと一点に止める! 落ちそう……だけど落ちない!! 正確に制御できるので玉は落ちません!」
岩崎さん「どうです、あひるねこさん! これがモノキャリアなんだ!! この動き、たまらない……ッッ! いかがですか!? たまらないですよね!? たまらないハズです!」
──なるほど、だいぶ分かってきました。さすが岩崎さん! どうもありがとうございます!!
岩崎さん「まあ、大したことはしてませんが」
分かったのでもう帰ろうかと思ったが、濵口さんによると、ボールねじにもリニアガイドにも “ある特徴” があるんだとか。それは何かというと……
濵口さん「玉です!」
玉ですか。
・最強の玉
そう、前回の記事でも特に印象深かった「転動体(玉)」がキーアイテムなのである。
この玉はベアリングにも使われているのだが、なんと地球上で一番丸いと言っていいくらい真球度が小さいらしい(値が小さいほど完全な球に近い)。
岩崎さんによれば、パチンコ玉が地球サイズに大きくなったら、表面の凹凸はエベレスト(8,850m)以上になると言われているが、この玉の場合、凹凸は鎌倉の大仏の高さ(11.5m)ぐらいで収まるそうだ。
何度聞いてもスケールがデカすぎてピンとこない……。
──そんなすげぇ玉が、ボールねじのどこに入っているんですか?
濵口さん「ナットに入っています」
──リニアガイドは?
濵口さん「スライダー(台)に入っています」
岩崎さん「ボールねじは、筒型のナットの中に小さな玉がたくさん入っていて、それがねじの溝に沿って転がって動きます」
岩崎さん「普通のねじ(すべりねじ)だと、金属同士がこすれながら動くので摩擦が大きくなってしまいますが……。
ボールねじの場合、玉がコロコロ転がるので摩擦が少なく、そのためスムーズで高速・高精度な動きが可能になるんです」
岩崎さん「リニアガイドも同様です。レールに溝が掘ってあって、この溝にかみ合うようにスライダーがくっついています」
岩崎さん「ただ、これだけだと摩擦が大きくてスムーズに動かないですし、抵抗を小さくするために隙間をあけると位置決めの精度も出ません。精密機械にとっては致命的なんですね。
もちろんそれでは困るので、スライダーの中に玉を入れて、玉が転がることで軽く滑らかな動きを実現しているんですよ」
なるほど~。そのボールねじとリニアガイドを組み合わせたスゴイ装置がモノキャリアで、動画ではモノキャリアを使って円盤の傾きを制御し、玉を自在に動かしているんですね!
モノキャリアの迅速かつ精密な位置決め性能は、この機構の代表的な用途例である半導体製造装置などにも活かされているという。岩崎さんが熱くなるのも無理はないのだ。
ただ、ちょっと思ったんですが……
せっかく苦労して開発したのに、肝心のモノキャリアが全然見えなくないですか?
これではモノキャリアのスゴさが3分の1も伝わらないと思います。だって、誰にも気づかれないんですから。
ヤバイ空気になった。
……そろそろ帰るか。そそくさとブースを出ようとすると、ガチで岩のように固まっていた岩崎さんがゆっくりと口を開いた。
岩崎さん「円盤の上で玉がスムーズに動いている──。
この円盤は社会を、玉は人や物を表しています。人や物が行きかう “円滑で安全な社会” を支えているのが我々NSKの製品なんです」
濵口さん「モノキャリアのように、私たちは縁の下の力持ちとして見えないところから社会を支えている存在であるということを、この装置と動画で表現しました」
岩崎さん「ベアリングやボールねじのような部品は、ほとんどが機械の中に入っていて表には出てきません。人目に触れる機会がない。
けれども、たしかにそこにあるんだよ。いるんだよ。だから今回のキーワードは『Being』。つまり『存在』なんです」
──なるほど。それを分かりやすく可視化したものが、先ほどの展示なんですね。
濵口さん「その通りです!」
・本当にスゴかった
モノキャリアの比類ない性能だけではなく、それが見えないことにまで意味があるとは。技術者であると同時に、表現者でもある岩崎さんや濵口さんの姿に感動すら覚えた……のだが。
きっとそのせいだろう。私は前回と同じミスを犯してしまった。
モノキャリアについて熱く語る岩崎さんに、ついつい「モノキャリアのどういうところがお好きなんですか?」と尋ねてしまったのだ。その結果……
「まあいろいろありますけど例えばですね」
またしても何かが発動してしまった。
・モノキャリアガチ恋勢
岩崎さん「モノキャリアってユニット製品(複数の部品をまとめて一つにしたもの)なんですけどやっぱり潤滑は必要なわけですよ。
単にボールねじとリニアガイドにそれぞれグリースを塗るだけでもいいけれどもそれだと大変じゃないですか。大変ですよ。そうでしょ?」
「あひるねこさん、ここ分かります? スライダーのところに金色のフタがありますよね。ここに何を入れると思いますか? はい答えて!」
──ええと……潤滑剤ですか?
「そう! ここからグリースを注入するんですよ!! 『グリースニップル』というんですけどね。私はこの “ユニット感” に……
(ユニット感……限られたスペースにあらゆる機能を詰め込んで統一した様子……すなわち機能美……)
このユニット感に、私はグッとくるんです! グッとね!! これでメンテナンスもしやすい! さらにほら見て!!」
「グリースニップルが2カ所ある!」
「いやぁ~、よく2カ所つけた! それも両側に!! これなら他の部品で一方が塞がれても、もう一方からグリースアップできるじゃないですか。
分かってるな~これ作った企業は! あ、弊社か! クハハハハハ!!」
「モノキャリア、面白ッッッッ!!」
よく分かりました。
──最後の部分は丸ごとカットも考えたが、モノキャリアへの激しすぎる愛慕の念は紛れもなく本物である。
岩崎さんや濵口さんのような極めて優れた変態……もとい技術者たちの手によって、今回の機構や動画は作られているのだということを改めて実感したのだった。
この記事を読み終わったら、ぜひ動画をもう一度ご覧いただきたい。読む前と読んだ後とでは、見え方も感じ方もまるで異なるはずだから。
NSKのモノキャリアは、今日もどこかで滑らかな運動を絶えず繰り返しながら、人知れず私たちの社会を支え、前へ前へと進めている。
参考リンク
・_ with Motion & Control 日本精工(NSK)
・ベアリング入門
・NSK公式X
・こんなところにNSK
執筆:あひるねこ
Photo:RocketNews24.
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