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有名な「萩の月」をようやく初めて食べてみたら、黙りこくるしかなかった / 恐るべき幸福製造機について

2023年2月16日

全国的に有名な土産である仙台銘菓「萩の月」。筆者はこれを食べたことがない。ずっと気になっているにもかかわらずである。

何故か。土産を売っている場所に怠惰ゆえ足を運ばず、土産をもたらしてくれる知人友人もおらず、ただ日々を無為に過ごしている者は、たやすく土産社会からドロップアウトする。筆者はそれだからである。

しかし、ドロップアウトした者にも起死回生の策はある。ネット通販である。そういうわけで、最近になって興味を抑えきれなくなった筆者は、奥の手で「萩の月」を取り寄せることにした。

「萩の月」は、仙台にある老舗メーカーの「菓匠三全」が販売している菓子だ。今回はその公式オンラインショップにて、8個入り1730円のものを購入した。

蓋を開けると、雅な絵柄の施された個別包装がずらり。思わず身構える。ここまで凝っているのはなかなか珍しい。メーカーの地力と自信が窺える。ごく一部にしか通じない例えだが、百人一首の拡張パックを箱買いしたかのような錯覚すら覚えた。

さておきその包装を開けると、黄金色の饅頭がお出ましした。萩の咲き乱れる宮城野、その空に浮かぶ月をかたどったデザインだという。さんざん興味を抱いておきながら、「萩の月」の由来はこのたび初めて知った。

筆者の知識不足というより、由来まで知っている人は少ないのではないか。この国の大半の人は脳内で「萩の月」に「あの美味しいやつ」とルビを振っているのではなかろうか。それほどに歴史よりもクオリティ先行型の土産という認識がある。

そのクオリティについて、確かめる時が来た。実物の味はいかほどのものか。音に聞く「萩の月」をようやく初実食した筆者は、それを口に含み、よく噛み、飲み込んだあと、数十秒ほど静止したまま黙りこくることとなった。

衝撃に包まれたから、ではない。驚きは全くと言っていいほどなかった。いや、変な表現にはなるが、驚きが全くないことが驚きだった、というのが正しいかもしれない。

ふんわりと崩れる食感のカステラ、まろやかで優しい口当たりのカスタード、甘い夢のような心地にさせる喉越し。全てがバランス良く完璧だった。ずば抜けて特筆すべき点があるわけではないが、究極的にソツがない。

一言で言うなら屈指の優等生、二言目には盤石の鉄板、三言目には至上の安牌(あんぱい)。とにかくその辺りの語彙に集合をかけて動員したくなる味わいだった。文句のつけようがないという意味で何も言うことがなく、ゆえにしみじみと感じ入って、黙りこくるしかなかった。

土産としてはこれほど嬉しいものもあるまい。失敗するケースと言えば、カスタードクリームが苦手な人や、萩という植物にトラウマがある特殊な人に渡す場合でしかないだろう。


「萩の月」がこれまでにどれだけの笑顔を生んできたか、容易に想像できる。食べ進めるほどに、「萩の月」がこの世に生まれ落ちて以来の、全ての「萩の月」を渡す者と受け取る者の笑顔溢れるシーンが脳内に続々と流れ込んでくる。

確かオカルト界隈には、「宇宙が始まって以来の全ての事象や想念は記録されている」とする「アカシックレコード」という概念があるらしいが、言わば「アカシック萩の月レコード」にアクセスしているような感覚に陥る。こんなことは滅多にない。

もし皆さんの中にもまだ「萩の月」を食べたことのない方がいるなら、この恐るべき幸福製造機に触れてみてほしい。筆者と同じように土産社会からドロップアウトしていても、ネット通販があるので安心だ。本物の輝く月には手が届かないが、「萩の月」には手が届くのだ。

参考リンク:菓匠三全「萩の月」商品HP
執筆:西本大紀
Photo:Rocketnews24.
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