ロケットニュース24

【実話】スマホゲームの課金なんてバカらしいと思っていた筆者が、いとも簡単に沼に落ちそうになった話

2020年11月13日

これまでパソコンやプレステなどいろいろ遊んできたが、スマホゲームだけはどうにも熱中できない。

同ゲームにつきもののオンライン要素が苦手だし、課金で儲けるというビジネスモデルを少し冷ややかに見ていたからだ。ガチャなどの高額課金で起こる金銭トラブルを「信じられない」とさえ思っていた。

そんな筆者が、いとも簡単に沼にハマりそうになった出来事があった。「スマホゲーム、怖っ……」と心底震えた一連の経過を、注意喚起も含めてご紹介したい。


・始まりはささいなこと

前述のとおり、闘争的か協調的かを問わずオンラインゲームは普段やらない。気疲れしそう……ということと、あとは単純に人と争うのが好きじゃないからだ。なのでGTAもRDR2(=世界的な有名タイトル)も、「むしろそっちがメイン」といわれるオンライン要素はスルーしてきた。

スマホでも、ソロでできるものを無課金でちょこっと遊んで離脱……というのを繰り返してきたのだが、そんな中では比較的長く遊んでいるパズルゲームがあった。ピースを揃えて消していく、いわゆるマッチ3ゲームで、何千ステージもあるので1人で黙々と遊べる。

プレイヤーを飽きさせない工夫はさすがで、次々と期間限定イベントが配信される。あるときのイベントで、たまたまランキング上位に入った。パズルの成績を競うイベントなので、他のプレイヤーとやりとりする必要はなく、気がついたらランクインしていたのだ。これが始まりだった。


・第1段階:ランキングが気になるようになる

自分の名前の周囲にはロシア語、中国語、韓国語などのプレイヤー名が並ぶ。このまま上位を維持して最終日を迎えれば、賞品としてゲームが有利になるアイテムが手に入る。

最初は「最終日まで行けたらラッキー」くらいの軽い気持ちだったが、ちらちらとランキングを見るようになった。

時差もあるだろう。数時間ゲームを離れて戻ると、他のプレイヤーが猛烈に追い上げてきてびっくりする。

このままだと抜かれる、と思うとなんとなく「もったいない」ような気になってくる。もう少しやればきっと勝てる。ちょっと頑張ってみようかな? と思う。


・第2段階:起きたらまずゲームのことを考える

朝起きたらまずランキングを確認し、戦績を伸ばすためにベッドでプレイ。休憩といってはランキングを確認しプレイ……とだんだんプレイ時間が長くなってくる。

スマホゲームにはよくあるシステムだと思うが、どこまでも無制限にプレイできるわけではない。たとえば「ライフ」や「行動回数」が尽きると次に遊べるのは◯分後、など待機時間が生じる。

しかし運営側のさじ加減も絶妙で、もうやめようかな、と思ったタイミングで30分延長などのサービスを出してくる。「せっかくの機会を逃したくない」思考にハマり、もう別のことをしたいのに、あと30分……1時間……と続けてしまう。

普段の暮らしでも、時間経過で「ライフ」や「行動回数」が回復したかな、と思うとプレイせずにはいられない。生活にゲームが侵食してきて、もうちょっと重症化すると、たぶん家事や仕事時間を削ってプレイするようになるだろう。


・第3段階:イライラし始める

パズルなので必ずしもスムーズに解けるわけではない。失敗すると焦ってイライラする。イライラするとプレイが雑になって、余計に失敗する。

だんだん「レベル設定がおかしい!」「人をバカにしている!」というような、妄想的な怒りまでわいてきて、スマホを投げつけたくなったことも1度や2度ではない。機械の向こうに人がいて、ほくそ笑んでいるように思えるのだ。

筆者は普段、感情の波が大きい方ではないのだが、「自分のどこにこんな怒りが!?」と思うような苛立ちだ。すでに自分を見失いつつある。

ゲーム内でも衝動的な行動が増え、その延長なのか普段の生活でも短気になった気がする。よく教育界や医学界ではゲームと攻撃性の関連について話題になったりするが「それ、ありそう……」と内心怖くなってくる。

家庭用ゲーム機のソロプレイでは感じたことのない、独特の感覚だ。


・第4段階:もう課金しかない、と思うようになる

難しすぎて解けない、ということが続くと、「他のプレイヤーはどうしているのか」「課金しなければこんな成績は出せないんじゃないか」などと “いいがかり” にも近い思考がわいてくる。

とにかく勝つこと……それがすべてに優先する最重要事項に思えてくる。「いま勝てるのなら、数百円の課金なんて安いもの」という、普段なら決してしないような考えがよぎる。価値基準や判断基準がおかしくなってくるのだ。


ここまでくると、もうゲームは楽しくない。惰性でやっているだけで、失敗するとイライラするし、いいことがまったくない。

正直「早くイベント終わってくれ……」と思う。そんな風に思うなら離脱すればいいだけなのだが、ここまでの努力が無駄になるような気がしてやめられない。

筆者は縁あってこの方面の知識は多い方なのだが、「楽しくもないのに続けてしまう」「まずいことになっているのに続けてしまう」というのは依存の危険な兆候だったりする。そこまでわかっているのに、自分のこととなると合理的に行動できない。


・終わりは唐突に

そうこうしているうちにイベントは終了した。結局課金はしなかった。優勝ではないもののそれなりに上位に入り、ゲーム内アイテムを獲得した。ただそれだけのことだ。そして筆者は我に返った。

「人と競う」あるいは「人に見せる」ことが、魅惑的なからくりになっている。ここに「人と協力する」が加われば、さらに強烈な吸引力になるだろう。時間をかけた分、あるいはお金をかけた分、チーム内で活躍できたりすれば、そこに捕らわれてしまうのがよくわかる。


楽しんでゲームをする中で、自分の払える範囲のコストであれば一向に構わない。むしろ誰にも迷惑をかけない、平和的でよい趣味だ。

しかし、借金をしてまで、寝食を削ってまで、家族をないがしろにしてまで、となると、すでに健全な状態とはいえなくなっている。心の奥の「やべぇな……」にフタをしながらのプレイになり、もう「楽しみ」ではない。


人を動かす最も強い動機になるのは、やはり「人」だ。ビジネスとして考えると思わず「うまい……」とうなってしまうような仕掛けがあり、その中毒性に驚異すら感じる。

いまとなっては、なんであんなに夢中になっていたのか、イライラしていたのか、夢から覚めたような気持ちだ。とはいえ、またイベントが始まったとき、同じ状況にならないとは限らない。落とし穴はすぐそばにある。


執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.

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