
既報の通り「一生に一度は、映画館でジブリを。」のキャッチコピーとともに、全国の映画館でスタジオジブリ作品を上映している。初週末の6月27日〜28日には『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』が動員数トップ3を独占した。
これらが日本を代表する名作であることに異論はないだろうが、多くの人にとってはテレビで繰り返し放映され、DVDの1枚くらい持っていたり、なんならセリフまでいえてしまう「見飽きた」作品ではないだろうか。そんな人にこそ映画館で見て欲しい!
ストーリーなんてとっくに知ってる、という方に向けて、より理解が深くなる「原作でしかわからない設定」5選をご紹介。ただし映画を1度も見たことがない人にはネタバレになるので注意願いたい。
・その1. 映画の内容は、全体のほんの序盤である
有名な事実だと思うが、原作は雑誌『アニメージュ』に10年以上かけて連載された宮崎駿氏の長編漫画である。対して映画版は上映時間わずか116分。原作の「ほんの序盤を」「大幅に設定を変更して」「主要な要素だけを取り出し」再構築したものである。
物語としては「別物」といってもいいくらいだが、静から動へ劇的にシーンが切り替わるスピード感や、音楽による盛り上げはアニメならでは。声優陣の名演により、キャラクターの個性も際立っている。淡々と進む原作漫画に比べて、ダイナミックな感動が得られるのが映画版だ。
・その2. あの不気味なシーンの意味
映画版でのナウシカは、とにかくかっこいい。風を自在に操り、誇り高く勇敢で、危険が迫っている人がいれば迷わず駆けつける。生まれながらの指導者であるかのように人を導く意志の強さがあり、それでいて少女らしい明るさや無邪気さも見せる。
序盤から終盤まで見せ場の連続で、誰もがナウシカの活躍に胸がスカッとし、とりこになるのではないだろうか。
その一方で「ラン、ランララ、ランランラン〜」という印象的な音楽が流れる幼少期の回想シーン、あそこになんともいえない不吉なものを感じる人も多いだろう。「あのシーン要る?」「なにを意味してるの?」と思うかもしれない。
原作ではもっと掘り下げられるのだが、蟲(むし)と心を通わせることは、自然豊かな風の谷にあってもタブーに近いことだ。ナウシカは小さい頃から蟲や腐海(ふかい)に特別な関心を寄せる子どもだったことがわかるが、それは決して褒められたことではない。
もっとも身近な存在である城おじのミトにも「人よりも蟲の運命に心を寄せているのではないか」と不安がられる場面がある。人間の世界においてはちょっと異端の存在、それがナウシカだ。
ナウシカのモデルとなったのはギリシャ叙事詩『オデュッセイア』のナウシカア(ナウシカアー)ともう1人、日本の古い説話「虫めづる姫君」だという。貴族の娘が年頃になっても身なりに構わず、虫ばかり追いかける変わり者で……というお話。
おそらく「誰からも理解されない孤独」はナウシカの心の奥底にずっと巣くっている。原作の父ジルは映画よりもずっと厳格な印象を与え、また「母からは愛されなかった」という記述もある。映画はエンターテインメントらしく大団円で終わるが、ナウシカの旅はその後も原作で続いていく。
・その3. クシャナは実は部下に愛される名将
トルメキアの皇女クシャナ。映画版のクシャナは辺境の地に侵攻してくる冷酷で傲慢な暴君として描かれ、ある意味「わかりやすい敵役」になっている。同じく統率者の娘でありながら、民から慕われるナウシカとの対比が鮮やかだ。
映画版のボリュームではとても彼女の背景まで描いている時間がないためやむを得ないのだが、原作のクシャナは家族との葛藤を抱え、部下の死を悼む(いたむ)人間味のある指揮官である。部下からの信頼も厚く、彼女に忠誠を誓う兵士がたくさんいる。
そのカリスマ性のために実の父や兄からも命を狙われ、厄介払いのように辺境に追いやられているのが実情だ。ちなみに片腕を奪われたために蟲を嫌悪している、というのは映画だけの設定。
ナウシカは彼女を「深く傷ついた鳥」「本当は心の広い大きな翼をもつやさしい鳥」と評す。最終的にクシャナは民衆を率いる優れた統治者になる。
・その4. クロトワはいい男
映画版では「クシャナの側近の小悪党」というくらいの存在だが、参謀クロトワにも背景がある。実態はクシャナを監視するために本国から送り込まれたスパイであり、クシャナの処刑までが計画に組み込まれている。
ただ、賢いクシャナは映画版でもクロトワを「タヌキ」と呼び、思惑に気づいている。お互いに「油断ならない」と思いながら、利用し利用される「大人の関係」がクシャナとクロトワである。
任務の成否にかかわらず、平民出身のクロトワは自分が口封じに抹殺されるであろうことも自覚している。たたき上げの凄腕パイロットでもあり、原作でクシャナの窮地を救う場面は思わず惚れ直すかっこよさである。当初は保身のためにクシャナを利用しようとしたクロトワも、次第に彼女の人間性に触れ、本当の右腕になっていく。
・その5. 最終的には生命の選択の話になっていく
映画版でナウシカは腐海の秘密の一端に触れる。毒の森だと思っていた腐海は、実は何百年もかけて大地の浄化をしており、王蟲(おうむ)は森を守る存在である。
対して人間はといえば、残されたわずかな土地を巡って戦争を繰り返し、人間同士で支配・被支配の関係を作り、人工生命体を生み出す古代の科学技術まで兵器として利用しようとする。
原作でも物語が進むにつれ、人間の愚かさ、残酷さ、罪深さがはっきりしてきて、ナウシカでなくともいっそ世界は腐海に飲まれた方が幸せなんじゃないかとさえ思えてくる。
「みんなの願い」というショートストーリーをご存じだろうか。神様から「みなの中でもっとも多い願いを1つだけ叶えるから決めておくように」といわれて、人類の指導者たちはあれこれ思案する。しかし、当日になって神様が叶えたのは「人類の消滅」だった。人間よりも遥かに多い自然界の生物たちの最大の願いは、人類がいなくなることだった……という話。
皮肉のこもったSFショートショートなのだが、笑えない話である。地球上に生きる多くの生命からすれば、人類こそが諸悪の根源、という考え方は納得できるものがある。
先述の通り、人間よりもむしろ「あちら側」に近い存在のナウシカには、何度も「誰も傷つかない、清浄で完璧な世界」を選ぶチャンスが訪れる。
実際にはその楽園も仕組まれたものという二重構造があるのだが、ナウシカは権力者の欲望が生み出す怨霊や生物兵器にさえ等しく慈愛の心を持つ。「私はこちらの世界の人達を愛しすぎているのです」は名セリフだ。
人間の心からあふれ出す闇さえも「自分のもの」として抱え込み、苦しみながら、人として生きるナウシカの物語、それが原作漫画である。
・ぜひ映画館で見て欲しい
『風の谷のナウシカ』とは、あまりに有名すぎるので「知っているつもり」になる映画だ。「その者、青き衣をまといて……」のセリフなんて、もはやネタといっていいくらい使い古されている。
しかし、ぜひ今一度、映画館で一瞬も目を離さず見てみて欲しい。テレビだとCMが入る度に集中が途切れるし、スマホに気を取られたりトイレに立ったりすることもあるだろう。しかし映画館では世界に没入できる。筆者がそうだったように、改めて見るときっと「こういうストーリーだったのか」と開眼する。
原作漫画は徳間書店から全7巻で販売中。哲学的で難解なところもあり、なにより映画版とまったく違うストーリーで人を選ぶかもしれないが、こちらもぜひ一読してみて欲しい。
冨樫さや





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