過去は変えられない。誰だってそうだ。それを「微笑ましい思い出」と捉えるのか、それとも「黒歴史」と捉えるのか。恥ずかしいという思いは、少なからずある。だが! やっぱり過去は変えられないから、ポジティブに捉えるしかないだろッ! それも自分だったんだよ。そこから来たんだよ、今に。
という訳で、私(佐藤)も赤裸々に過去を暴こうと思う。その昔、小説投稿コミュニティサイト「Novelist」に、いくつか短編小説を公開していた。スッカリ忘れていたのだが、最近思い出し、どんな作品を投稿していたかを見ると……。タイトル『ラーメンばばあ ~ミックスジュースあります~』。なんじゃこりゃーーーーーッ!!
・クソ貧乏だった2005年
以前の記事で、2005年にミクシーに投稿していたポエムを紹介した。ハッキリ言って、自分でも気持ち悪いと感じるクオリティ。厨二病全開といっても過言ではないだろう。何しろ、クソ貧乏で心がすさんでいたんです。ご理解ください……。あの当時は本当に苦しかった(涙)。それから2年を経た2007年になっても、貧乏を脱することはできなかった。
・2010年当時の私は……
今回発掘した小説は、それから3年後の2010年のこと。当ロケット編集部に入って1年経った頃だ。2007年の頃よりは、少しマシになったはずなのだが……。
2010年の自分、ヤバい! 2007年はまだ貧しいなりにも、少しだけゆとりが感じられるのに、2010年はそのわずかな余裕も全然なくなってるッ!
ガリガリにやせ細って(52キロ)、頬がこけまくっている。その上に、目は絶望を見つめているようだ。瞳孔が開いているようじゃないか! 『明日はどうしよう……』、そんな心の声が聞こえてくるようだ。過去の自分、怖い~……。
それからさらに月日を重ねて、近年は多少なりともゆとりを取り戻した。おかげで2016年の自分は、過去最高に太って(70キロ)しまったよ。
平和ボケして逆に目がうつろになってる。
・ついに日の目を見る
さて、ここからが本題。私はNovelistに4つの作品(1つは前後編)を投稿していた。全然読まれていない作品は、ずっとNovelistのサーバー上で埃をかぶっていた状態である。それを約7年の時を経て、日の目に当ててみたいと思う。題して、『ラーメンばばあ ~ミックスジュースあります~』、何でこんなタイトルにしたんだ。過去の自分は何を考えていたのか、よくわからない。
まあとにかく、この物語は、人としての在り方を説く先輩と、それを聞く後輩の短編小説である……。
■『ラーメンばばあ ~ミックスジュースあります~』(Novelist)
「やっぱり酒飲んだ後は、ラーメンだよな」
「ですよね、先輩」
先輩の付き合いで飲みに出たけど、予想通り面白くなかった。この人、いつも行動パターンが一緒だからもう飽きちゃったよ。
「今日も面白かったなあ! なあ! なあ!」
としきりに同意を求める。仕方ないので、
「はい、先輩、最高です! やっぱ先輩と飲むのが1番楽しいッス!」
「だろ!」
だろ! じゃないよ。退屈で仕方がなかった。愛想笑いも夜半をすぎるとしんどい。もう早く帰りてえな。
「ラーメン食って帰っか」
「あ、いいですね、ちょうど腹減ってたんですよ」
「よし、行こう。駅前にいい店あんだ。そこ行こう」
「はい!」
ああ、帰りたい。今すぐ帰りたい。ラーメン食わずに帰りたい。帰ってゲームやりたい。付き合うと中途半端に長くて困るんだよな。どうせ帰れないのなら、朝までの方がよほどスッキリするのに、ラーメン食ってたら終電が出て行く時間だから、ちょうど電車で帰れないんだよな。まっすぐ帰らせてくれれば良いものを。
「よしよし、ここだ、ここ」
「ここですか」
駅のすぐそば、裏通りにある潰れそうな一軒のラーメン屋。先輩は良く来るらしく「毎度!」といって暖簾をくぐった。なかにはババアが1人。客はなく、タバコをくわえてテレビを見ている。
「毎度! 婆さん来たよ」
先輩がもう1度挨拶すると、ババアはテレビを切って厨房へ入っていった。
「テレビ切んなくてもいいじゃない。つけててもいいよ」
返事もしないババアに、先輩は必死に話しかける。それにしても、愛想の悪いババアだ。何でこんな店を選んだのだろうか?
「先輩、ここ、本当にウマいんですか?」
「シー!」
先輩は慌てて人差し指を口に当て、黙るようにとうながした。
「シー! ダメだ。それを言っちゃダメ」
「え?」
「ダメだぞ、そういうこと言うとダメだからな。分かったか?」
「は? はい」
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執筆・イラスト:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
なんだか分からないけど、黙っておくことにする。しかし小汚い店だな。椅子は穴が開いてるし、テーブルは油でべとべとしてるし、壁紙はところどころ剥がれてるし。漫画本が大量に置かれてるけど、古いものばっかり。1980年の『少年ジャンプ』があるぞ。良く30年間も店頭に置いておけるな。ボロボロにもほどがある。早く捨てればいいのに。
「汚い食堂は味がいい」なんていうけど、そのジンクスが本当であって欲しい。こういうところは100パーセントゴキブリがいるからな。ネズミもいるかも知れない。衛生管理はかなり疑わしいものがある。めちゃめちゃウマいか、もしくは病院行きだよ。
「先輩、何にしますか?」
「ここは注文の必要がないんだよ」
「何でですか?」
「メニューはあそこの壁に貼ってある。見ろ」
指差した先には、壁に画用紙で作られたメニューが掲げられていた。そこには「ラーメン」と「ミックスジュース」の2つしか書かれていない。店に入ったら自動的にラーメンに決定ということらしい。それならミックスジュースもメニューから外すべきだ。
「ミックスジュース、ウマいんすか?」
「シー! だから言うなって」
「え?」
「だから、ウマいとか言うなよ」
「あ、そういうことですか」
なんだか分からないけど、ウマいかどうかを聞くと、あの婆さんが怒るらしい。「ウマい」が禁句のようだ。まあ、黙って待つか。
「あのな、お前には、1度この店に連れて来たいと思ってたんだよ」
「え、俺っすか?」
「そうだよ。お前にはここに来てもらわないとなって思ってた」
先輩がいつになく真面目な顔をしている。この人もこんな真面目な顔をすることあるんだな。
「どうしたんですか? 急に真面目に」
「バカヤロー! 俺はいつでもお前のこと心配してんだぞ! いつもそうやって澄ましたフリしてるけど、心の奥底で何考えてるか丸分かりなんだよ。さっきもつまんないってずっと思ってたクセに。調子を合わせてたら相手は納得するとでも思ってたのか?」
なんだこの人、俺が何を考えてたのかずっと分かってたのか。
「人付き合いってのはな、調子がいいだけじゃやっていけないんだよ。愛想がいいっていうのは確かに大事なことだ。少なくとも人間関係の摩擦を減らすだろうよ。だけど、愛想だけで信頼できる人間関係が育めるとは限らないんだ。むしろ付き合いを妨げることだってある。大事なのは、お互いの信頼だぞ。分かるか?」
この人、俺にずっとムカついてたのかな。俺がどう感じているのか、分かってて飲みに連れて行ってくれたりしたのかな。
「お前をここに連れてきたかったのはな、婆さんを少し見習って欲しいと思ったからだ。婆さんはここで30年商売してる。昔は爺さんと一緒にやってたんだが、その爺さんが亡くなって以来、女1人で切り盛りしてんだ。愛想は悪いが、客を思いやる気持ちはそこら辺のラーメン店、いやレストランやホテルでもマネできないほどだ。俺は婆さんに何度となく助けられたもんだ。仕事で失敗したとき、彼女にフラれたとき、未来に対する不安を感じたとき、いつもここのラーメンを食べて立ち直った。今、お前は落ち込んでるわけじゃないと思うけどな、ラーメンを食えば分かる。思いやりって何なのか、人と関わるってのは何なのか、きっと食えば分かるだろう」
<次のページへ続く>
珍しく熱く語ってる。こんなの初めてだ。この人、トロ臭くてドジで、バカな人だとずっと思ってたけど、熱い気持ちを持ってたんだな。知らなかった。俺が上っ面で付き合ってたから、この人の内面まで気付かなかったんだろうか。悪いことしてた。「ウマい」を言ってはいけない理由も、なんとなく分かった気がする。
「味は気持ちで受け取れってことですか?」
「お、いいこと言うじゃねえか。まあそんなとこだ。言葉より語るものがあるってとこか」
「ハハ、格好いいですね」
この人を初めて格好いいと思った。俺はいい先輩を持ったのかも知れないな。感謝しなきゃ。
そんなことを話していると、ようやくラーメンが運ばれてきた。さっきまでは帰りの電車の時間が気になってたけど、もうそんなのはどうでもいいや。
「お、来た来た。腹減ったな」
「はい、腹減りました」
本当に腹減った。婆さんが持ってきたラーメンは、シンプルなしょう油ラーメン。ナルトとメンマ、チャーシューが1枚入った、昔懐かしいラーメンだ。
「頂きます」
そして食べることに。まずはスープに口をつけ「!?」。続いて麺を一口「!?」。先輩を見ると、実にウマそうに食ってる。あんなに熱く語っていただけのことはある。ラーメンに絶大なる信頼を寄せ、身体を預けるようにして食らいついているのだ。だが先輩、申し訳ない。俺は心でこう叫ばずにはいられないぞ。マズイ! マズすぎる! 今までの人生で食べてきた、どのラーメンよりも明らかにマズイ! 味がしねえ! 麺がのびてる! スープがぬるい! 心通う会話をしたばかりだが、先輩大変申し訳ない、俺たちの熱い語らいは一瞬で終わった。
「マズイ!! マズすぎる! どう作ってもこんなにマズくは作れねえだろ! 普通」
そう絶叫してしまった。これは、きっと怒られる。そう思って俺は身構えた。ところが、まったく俺のことを気にせず、ラーメンを食い続けている。
「お前、それで俺が驚くと思ったんだろ?」
「え、ええ……。怒られるのかなと」
「俺、一言もここのラーメンを「おいしい」とは言ってないぞ」
「そうですけど。でも、まずくないですか?」
「まずいよ」
「え! そうなんですか。とてもおいしそうに食べてるように見えるんですけど」
先輩は汗だくで麺をすすり、スープを飲み、そして一気にすべてを平らげた。
「早く食っちゃいたかったんだよ。お前にはおいしそうに見えたのかも知れないが、俺もおいしいとは思ってない」
「じゃあ、何でそんなに一生懸命食べてるんですか?」
「実は丼の底に、ホレ」
そう言って、空になった丼を見せた。そこには、『原点回帰』という文言が書かれている。
「婆さんはその時々の客の様子を見て、その人にあった言葉を届けてくれるんだよ。どうだ、すごいだろ?」
どうやらこのサプライズを体感させたかったようだ。だが、もう一口も食べる気がない。
「さっき先輩は『言葉よりも語るもの』って言ったクセに、言葉じゃないですか。帰ります。ご馳走様でした」
引き止める先輩を置き去りにして店を出た。
「バカバカしい。30年間ラーメンだけで勝負してねえし。味で勝負しろよ」
後日談ではあるが、俺の丼には「素直になれ」と書かれていたそうだ。大きなお世話だ、ババア。
執筆・イラスト:佐藤英典
Photo:Rocketnews24