視覚障害者になって一番変わったのは、見えないことではなかった。
耳で生活するようになったことだ。
私は目が覚めると、まず枕元に置いてあるスマホを手に取る。
画面をタップすると、スマホが話しかけてくる。
「6月13日、土曜日。5時47分」
私の一日は、この声から始まる。
ちなみに朝が早いのは、視覚障害とは関係ない。
おじさんだから勝手に目が覚めるのだ……。
・スマホは見るものじゃなくなった
私は普段、スマホはVoiceOver、パソコンはPC-Talker、テレビは音声の読み上げ機能を使っている。
つまり、生活のほとんどを「見る」のではなく「聞く」ことで確認している。
起きたら、まず廊下へ向かいながらスマホのサイドボタンを押す。
「今日の天気は?」
するとスマホが答える。
「今日の文京区の天気は……」
続いて洗濯機に洗剤と柔軟剤をセットし、モード切替のボタンを押す。
「ピッ、ピッ」
2回鳴れば、洗濯から乾燥まで一気にやるモード。
その次の「ピッ」1回が、洗濯だけのモードだ。
洗濯機を回したらリビングへ行き、テレビをつける。
すると今度は、テレビが話しかけてくる。
「4チャンネル。日本テレビ。シューイチ。5時55分から9時25分」
この音声ガイドは、番組名だけでなく、リモコン操作や録画番組の画面なども読み上げてくれる。
本当にありがたい。
ただし、少し困ることもある。
例えば、テレビで気になるニュースが流れているとき。
「昨日の大谷の第2打席、その初球」
おっ、気になる。
そう思って音量を上げると、テレビが元気よく教えてくれる。
「スピーカーの音量を12にしました」
……いや、今じゃない。
聞きたかった大事なところに、音声ガイドがきれいに重なる。
これも、わが家ではかなりの “あるある” である。
・家の中は朝から音の会議状態
朝食を終え、パソコンを開いて原稿を書く。
もちろん、パソコンもしゃべる。
キーボードを1つ押すたび。
画面の項目を選ぶたび。
リモート会議で画面が切り替わるたび。
さらには、参加者が出入りするたびに、
「○○さんが入室しました」
と読み上げる。
リビングはこんな状態になる
PCで一字一句、音声で確認しながら原稿を書いていると
まずは左からスマホがしゃべりだす
「Y!メール。今年の夏のお得旅行は……」
続いて、またしゃべる。
「リアルタイム。大谷速報……」
左のスマホに気を取られていると、前のテレビが割り込んでくる。
「無操作電源オフのため電源をお切りします。切らない場合は……」
見えないことを忘れ、焦ってリモコンを探す。
「M、K、P」誤ってPCのキーボードをしゃべらせてしまった。
さらには右から
「ピピぴ……テン♪」アレクサまで「仕事の電話を忘れないでね」と、元気よく参加してくる。
でもやっぱり最後は
「LINEに新しい通知が届きました」
スマホがやってくる。
音声ツールのおかげで、私は仕事も生活もかなり一人でできるようになった。
本当に感謝しかない。
ただ、ひとつだけ言わせてほしい。
みんな、空気は読まない。
仕事の電話をしていても
頬がスマホの画面に触れてしまうと
「5」「8」「9」しっかり、そしてはっきりと1音ずつ読み上げてくれる。
うっかり、長文のニュースサイトなどの画面に触れようものなら
通話中にその全文を自信満々に読み上げてくれるのだ。
耳でしか情報をキャッチできないので、本当にありがたい。
ありがたいのだが、視覚障害者になった私は、なぜか聖徳太子の偉大さを思い知らされている。
・外はさらに音にあふれている
昼食を買いに、近所のからあげ屋さんへ行く。
外に出るときは、骨伝導イヤホンを装着する。
Suicaのチャージ、PayPayでの支払い、ナビアプリ、ChatGPT。
とにかく全部、聞きながら操作する。
からあげ屋さんは大通り沿いにある。
支払いはPayPay。
ここで信号が青になると、なかなか厳しい。
車の音が一気に増え、読み上げ音が聞き取りにくくなるのだ。
トラックが来たら、一度操作を止める。
予想で押すと、ろくなことが起きないのは数々の失敗で身に染みている。
金額の入力を間違える。
前の画面に戻っている。
ひどいときは、なぜかLINEの画面になっている。
後ろのお客さんを待たせてはいけない。
そう思って焦るときに限って、スマホが言う。
「リアルタイム。大谷速報……」
……大谷さん、今だけ待ってください。
見えなくなってから、確実に私は心が広くなった。
・見えている人に教えてもらったこと
この日は夕方、近所の美容室に行った。
ここのシャンプーは、私の人生で過去一番気持ちいい。
本当にうまい。
そんなリラックスしている最中、担当の方から思いがけない言葉が飛んできた。
「私、最近目の疲れを感じることが多いので、VoiceOverを覚えたいんですよね」
思いがけない一言だった。
そのときは、
「最初は少し戸惑うこともありますが、すぐ慣れますよ」
と返した。
でも後日、ふと思った。
もっと早くVoiceOverを使っていたら、私は夜遅くまで画面を見続ける時間を減らせたのかもしれない。
そこで、眼科へ行ったときに主治医にも聞いてみた。
「目の疲れを軽減するという意味では、目を使わず耳で確認するので効果はあるかもしれません」
ただし、続けてこうも言われた。
「目の疲れと目の病気の因果関係は、まだ分からない部分が多いので、なんとも言えません」
ですよね……。
やはり、過去を気にしすぎても仕方ない。
大事なのは今である。
・耳にも終業時間が必要だった
夜になっても、私の生活は相変わらず音だらけだ。
スマホが8割。
テレビの音声ガイドが1.5割。
私の声が0.5割。
そんな割合で、一日が終わっていく。
見えなくなって初めて知った。
目だけじゃない。
耳も、ちゃんと疲れるのだ。
そしてスマホを枕元に置き、就寝する。
私の耳も本日閉店です。
ようやく静かになる。
……
「リアルタイム。大谷速報……」
……。
私は起きるのも早いが、眠りにつくのも早いのだ。
参考リンク:VoiceOver、テレビの音声ガイド、PC-Talker
執筆:緑(RYOKU)
イラスト:Gemini