
私は視覚障害者4年生で、カラオケが大好きだ。最近は、嵐の「Five」をお風呂で猛特訓している。
今は歌詞の暗記が必要になり、レパートリーが激減している……。とはいえ、今年は嵐への感謝を込めて、カラオケは嵐1本でいくつもりだ。
ちなみに歌は、自他ともに認める「ド下手」である──と、どうでもいい近況はこのくらいにして本題に入る。
私の日常のほとんどは、誰かの助けやアプリに頼りながらなんとか回しているが、そんな中で数少ない「一人で完結できる場所」がある。
それが、自宅から徒歩1分のところにあるコンビニだ。
ここは特別な場所だ。点字ブロックもナビアプリも使わず、自分の感覚だけでたどり着ける。
目が見えていた頃から通っていた、いわゆる「近所のいつものコンビニ」。
たぶん、誰にでも一つはあるあの感じの場所だ。
店は駅から近く、周囲に競合も少ないせいか正直かなり混む。
広くはない。むしろ狭い。
でもその分、商品の入れ替えも激しく、都内らしい活気のあるコンビニだ。
・点字ブロックを目印に入店
店に入るときは、横断歩道から伸びる点字ブロックの「一歩右」をまっすぐ進む。
すると、白杖が自動ドアに当たる。
この瞬間、ちょっとだけ安心する。
「ああ、今日も来れたな」と思う。
店内は右回り。左はレジの通路、右が商品棚の通路だ。
・いつもの買い物風景
私はいつも右に入り、棚の下に白杖を沿わせながら進む。
誰かの、商品を取る音、カゴに入れる音、冷蔵庫の開閉音。
それらをぼんやり拾いながら、
「この辺に人がいる」「こっちは少し空いている」
と、頭の中で位置関係を作っていく。
ただ、この作業も慣れてくると、そこまで大きな負担ではない。
神経使用率で言えば、今では20%くらい。むしろ、居心地の良さの方が強く感じる。
商品も、いつも買う飲み物の位置は覚えている。
牛乳は一番下の棚。左から順に触っていき、「おいしい牛乳」のキャップに触れたら、その隣の低脂肪牛乳を取る。
ヤクルトやお酒も同じように位置を覚えている。
ただ、おにぎりやサンドイッチ、お弁当は、覚える気はそもそもない。
買う時は、「Seeing AI」というアプリを使う。スマホをかざすと、商品名や文字を読み上げてくれる。
これは視覚障害者向けのアプリだが、小さい文字でも読み上げてくれるので、友人も「老眼だから助かる」と言って説明書なんかに使っているようだ。
とはいえ、店が空いていれば店員さんにお願いする。ちょっと横着してる気もするが、これも生きる知恵だ。
・最大の難関はレジへ並ぶ列
そして、最大の山場がレジに並ぶことだ。
列の最後尾がわからないのだ。
まず改めて店内の音を聞きなおす。
レジの「ピッ」という音や、店員さんの声。
レジがいくつ動いているかで、列の長さを予測する。
最大3つ。3つ動いていたら要注意。
店内にお客さんが多く、行列が長い可能性大である。
レジが1つか2つなら、最後尾の位置はだいたい分かる。
入り口から右に入って、まっすぐ進んだ先。カップラーメンの棚あたりから左に行けば最後尾に辿り着ける。
ただ、3つ動いているときは違う。
列がそこからさらに伸びて、右奥の飲み物コーナーやお酒売り場の方にまで回り込んでいることがある。
こうなると、正直まったく分からない。
その時は、一度カップラーメンの棚まで向かう。
途中、白杖が誰かに当たる。
「すみません」
そして聞く。
「最後尾、どこでしょうか?」
この瞬間だけは、やっぱり少し緊張する。
そして、必ず誰かが教えてくれる。本当に助けられている。
・「いつもありがとうございます」が嬉しい理由
並んだ後は、iPhoneの「拡大鏡」アプリを使う。
カメラを向けると、前の人との距離を教えてくれる。
離れたら進み、近づいたら止まる。
だいたい50センチくらいを保つようにしている。
そして、レジ前の目印は、アイスクリームの平置き棚。
そこまで来たら、もうすぐ自分の番だ。
「次の方」と呼ばれたら、念のため「私ですか?」と確認して進む。
支払いはすべて手探りだが、タッチパネルもカードリーダーも位置は覚えている。
一度覚えれば、意外とスムーズにいく。
そして最後。店員さんが袋を手にかけてくれて、こう言ってくれる。
「いつもありがとうございます」
この一言が、ものすごく嬉しい。
目が見えなくなる前から通っていた店なのに、今の方が明らかに「覚えてもらっている」と感じる。
名前も知らない。顔も分からない。
でも、存在はちゃんと認識されている。
見えなくなって、近所のコンビニが、便利な場所から「大切な場所」に変わったのだ。
ある日、いつもの声の店員さんにこう言われた。
「今日で最後なんです。いつもありがとうね」
とっさだったので、
「お疲れ様でした。こちらこそありがとうございました」
としか言えなかった。
店を出て、家に帰る道の途中で、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。
メンタルHPは、それから3日間ずっとMAXだった……。
このコンビニは、ただの買い物の場所じゃない。
私にとっては、一人で行ける世界であり、誰かにちゃんと「ここにいる」と認識してもらえる場所だ。
参考リンク:「Seeing AI」「拡大鏡」
執筆:緑(RYOKU)
イラスト:Gemini