
都内を中心に全国の多くの駅で改修工事が進んでいる。耐震補強、あるいはバリアフリー化を目的に、見慣れた景色が大きく様変わりして、新しく生まれ変わろうとしている。
都内でも新宿をはじめ、私(佐藤)の利用する中野駅も通常の運行を続けながら現在のホームの真上に駅ビルを建設している。渋谷駅もまた以前とは見違えるような変貌を遂げつつある。駅の西口にあった待ち合わせの目印「モヤイ像」は、駅から離れたひっそりとした場所へと移動してしまった。
今、改めてモヤイ像を見に行ってみたところ「モヤイ」という言葉に込められた意味が、私たちに重いメッセージを送っているように見えた。
・ブルーハーツのあの場所
モヤイ像が移動したのは昨年1月のことである。渋谷駅西口の整備に伴い、国道246号線に面した商業施設「フクラス」の西側に移された。その除幕式の翌日に編集部の中澤が見に行っている。
モヤイ像について、私は個人的な想い入れがある。おそらく同世代の人で同じように憧れのようなものを抱いている人もいるかもしれない。
1987年にザ・ブルーハーツがファーストアルバム『THE BLUE HEARTS』の告知ポスターに、渋谷のモヤイ像の前でメンバーを撮影したモノクロ写真が使われていた。
日本だけでなく、世界の音楽に多大な影響を与えたバンドだ。そのバンドを象徴する写真にモヤイ像がいる。私も若い時に東京に遊びに来ると、モヤイ像を見に来たものだ。ここがあの撮影が行われた場所かと、半ば「聖地」のように感じていた。
・西口の変わりよう
最近取材の折に、久しぶりに渋谷駅に降り立った。ハチ公口を出てみると、工事が進み過ぎて駅の変貌ぶりに驚く。このハチ公口の建物自体もなくなるのでは? なぜなら改札口は以前よりもずっと奥にある。つまりそこまで建物が後退する可能性が感じられるのだ。
ハチ公は依然、変わらずいつもの場所にいる。この日も外国人観光客に囲まれていて、撮影の順番も何もあったもんじゃない。やはり渋谷のシンボルとして崇められているようだ。
モヤイ像が移転したのは知っていたけど、どこに行ったんだっけな。西口に回ってみると、こちらも取り壊しが進んで、もうどこがどこやら……。新宿駅の西口も様変わりしすぎてわからなくなったが、渋谷もスゴイな。ここどこだ!?
あの向こうに見えているのがヒカリエだと思うんだけど、こんなところに陸橋なんかあったっけな? アプリで自分の位置を確認しても、見える景色が違いすぎてわからんな。
商業施設「フクラス」の2階から見渡してみて、ようやく何となく位置関係が見えてきた。これから先、この景色はどう変わるのか?
・待ち合わせの目印だった
そういえばモヤイ像はフクラスの向こうだったはずだから、この階段の先に見えてくるはず。……あ、アレだな!
ここだったのか、こんな端っこまで移動させられてしまって。まあ、状況が状況だけに移動は仕方がないとしても、ちょっと寂しいなあ。
以前は待ち合わせスポットとして、常に人がいる場所にあったのに、こんなところじゃ待ち合わせの目印にする人もいないだろう。夜はこの辺、人通りも少なそうだしな。
・モヤイの心
モヤイ像は1980年に伊豆諸島・新島の観光振興・文化発信の目的で、設置されたそうだ。それは何となく知ってはいたけど、モヤイ像に託された想いについては、今日まで知らなかった。昭和55年(1980年)9月25日、東京都新島村からの言葉として、こう記されている。
「新島には古くから『モヤイ』と呼ぶ美しい習慣があった。それは島民が力を合わせる時にのみ使われた。いわば共同の意識から生まれた素朴な人々のやさしい心根を表すものであった。
『モヤイ』は島の歴史とロマンを秘めた言葉なのである。ここに集う人々よ、ものいわぬモヤイ像は、あなた方に何を語りかけるであろうか。
願わくば私たちと共に、そのかすかなる祖先の『モヤイ』合う連帯の心に胸を開かれんことを。」
この言葉を前にして、私は正面からモヤイ像を見ることができなかった。この問いかけ、「何を語りかけるかであろうか」にふさわしい言葉が見つからなかったからだ。
昨今の世界情勢はとてもじゃないが『モヤイ』合っているとは言い難い。絶え間ない緊張と日々移ろう情勢に翻弄されて、連帯の心から遠くかけ離れているように思う。だが、そんな今だからこそ、この問いかけが重要であるとも感じる。
今は真正面から胸を張って見つめ返すことはできないけど、いつか、できることならそう遠くない未来に、後ろめたい心なく、真正面から見つめ返せる日が来ることを願う。いや、必ず見つめ返せる日は来る。
参考リンク:渋谷区、TOKYO ISLANDS、コトバンク(日本大百科全書:ニッポニカ)
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24