
3月1日から奈良・東大寺で始まった「修二会」が、今年も注目を集めています。3月13日午前1時半からは、この行事自体の呼称の1つでもある「お水取り」が行われます。
若狭井(井戸)から観音さまにお供えする「お香水」を汲み上げる儀式で、若狭の国の遠敷明神が二月堂のそばに清水を湧き出ださせ、観音さまに奉ったという伝承に由来する約1300年続く神事です。
それに先駆け3月2日に行われたのが、若狭から奈良へ「お香水」を送る「お水送り」。舞台は福井県小浜市・若狭神宮寺。
行事とお寺の名は有名ですが、ネット上にその歴史や成り立ちについての情報はほとんどありません。先日、福井県の提供でこのお寺を取材させていただいた際に、ご住職から謎に満ちたお寺の歴史を語って頂きました。
・若狭神宮寺
714年に元正天皇の勅願で建立されたお寺です。ご住職によると、鎌倉時代までは若狭彦神願寺という名前だったそう。現在は天台宗のお寺として、福井県道35号沿いにあります。
福井県提供のプレスツアーで若狭神宮寺を訪れた私たちを案内して下さったのが、山河尊聖住職。重要文化財に指定されている本堂の中で、お寺の成り立ちについて語って頂きました。
内部は撮影禁止ゆえお見せできませんが、内側左右の屋根真下の飾り彫りが象とバクになっています。珍しいものなので、拝観時にはぜひご覧ください。
現在の若狭神宮寺の境内地は、多くの部分が県道35号から50メートルほど西側にあります。しかしこれは、明治時代に神仏分離令の影響で大幅に縮小されてからの姿です。
実は本堂内に安置された藤原永範画と書かれた板絵に、広大な境内に多数の建築を有する在りし日のお寺の様子が描かれています。
当時は35号を超え、遠敷川のほとりまでが境内だったようす。35号はかつての鯖街道として知られていますが、実は鯖街道もお寺から見て川を超えたところを通っていたそうです。
・今は無き建築物
そして建物です。現在、境内で最も大きく目をひくのは本堂ですが、件の板絵では本堂の横に拝殿が描かれ、付近には塔も。拝殿の正面にあたる山の斜面には6つの社が。
そのさらに奥、恐らく山のもっと中腹辺りに、もう1つあり、他にも細かい建物がいくつか描かれています。現在の状態とは、規模も建築物の数も大幅に異なります。
ちなみに拝殿から拝礼する先は、本堂ではなく6つの社があった山の方だったそうです。
これ等の失われたお社には(全てかは不明ですが)二間社流造という建築様式が採用されていたそうです。現在よく見られる神社の建築様式は、 柱が2本の一間社か、柱が4本の三間社。ここの建築物は、建築様式の面でも珍しかったわけです。
・神仏混淆
さて、ここでお寺や神社がお好きな方は、若狭神宮寺の失われた建物に神社の建築様式である「流造(ながれづくり)」が採用されていたり、「拝殿」の隣に「本堂」があったり、拝殿から拝む先が山であることに違和感を覚えるかもしれません。
拝殿は神社にあるもので、本堂はお寺のもの。多くの場合、神社で拝殿に隣接するのは本殿(時には間に幣殿がある場合も)であり、拝殿から本殿に祀られた御神体に向け拝礼します。
しかし、かつての若狭神宮寺には拝殿と本堂が隣接(現在も本堂に、途中で切れた欄干が残る)して建てられていたのです。
これら変わった仕様は、鎌倉時代より前の在り方が、神様と仏様の両方を祀る神仏混淆の道場であったことに由来します。
現在でもその在り方は残されており、本堂の薬師如来坐像がご本尊としてありますが、同時に本堂から見て前後の山もまた、神奈備として大切にされています。つまり山岳信仰が残っているのです。
実は本堂にかけられた注連縄(しめなわ)も、神奈備たる山を意識したものになっています。本堂で手を合わせた後に、階段の上から振り返ってみてください。ちょうど注連縄の描くカーブの最も垂れ下がった部分の真下に、山の頂上が位置しているはずです。
・お水送り
若狭神宮寺といえば、やはり「お水送り」のお寺として全国的に知られているかと思います。
本堂向かって左手にある閼伽井戸(あかいど)で汲んだ「お香水」を、そばを流れる遠敷川の約2キロ上流に位置する「鵜の瀬」に流す行事です。この「お香水」が、奈良の東大寺まで届くというのが言い伝えです。
若狭神宮寺に来る多くの方が、この井戸をご覧になられるのでしょう。しかし本記事を読んだ方は、是非とも境内各所に残された建物の痕跡や、実は信仰対象である周囲の山などにも注目してみてください。より興味深い体験ができるでしょう。
なお、本堂内部も、とても興味深い造りになっています。先述のバクと象の彫像や藤原永範画と書かれた板絵の他、本尊の薬師如来坐像などが安置された空間自体にも注目です。
多くの場合、本尊を真ん中に左右対称になるところ、ここでは非対称になっています。また、境内から平城宮と同じ様式の瓦が出土するなど、当時の奈良と深い関係があったことも示唆されていたりします。
本記事ではこのあたりで。より深くは、ぜひお寺を訪れ、可能であれば、ご住職に詳しくお話を伺ってみてください。ネットで検索しても出てこない知られざる歴史について、様々な事を語って頂けるかもしれません。
参考リンク:若狭おばま観光案内所
執筆&写真:江川資具
Photo:若狭神宮寺
▼参拝口
▼閼伽井戸はこの中にあります
▼茶室
▼「神宮寺のスダジイ」として知られる巨大なシイ