
日本ハムファイターズの背番号「1」といえば、多くの人が新庄剛志監督を思い浮かべるだろう。しかし90年代前半のプロ野球ファンにとって “日ハムの背番号1” といえば……熱血漢・広瀬哲朗だった。
1986年の入団から1998年オフの引退まで、13年間にわたり一貫して「1」を背負い続け、闘志溢れるプレーでチームを牽引した男。今回は、そんな広瀬哲朗さんの熱すぎる野球人生を本人と共に振り返りたい。
・品川にて
待ち合わせは品川駅。広瀬さんはその日、少年野球教室の指導を終えたばかりで、大きな野球用ネットを持参して登場。現役時代と変わらぬ引き締まった体つきで、とても65歳とは思えないエネルギーをまとっていた。
「いや〜、60を超えてから足が痛くてね」と笑いながら、階段をスタスタのぼっていく。もしかしたらヤバい人……ではなく、さすが日本ハムの背番号「1」を最も長く着用した男だ。タフさの次元が違う。
そんな広瀬さんは、優勝から遠ざかっていた時代の日本ハムを盛り上げ『プロ野球珍プレー好プレー』の常連としてお茶の間にも愛された。新庄監督とタイプは違えど、チームを象徴する存在だったことに変わりはない。
守備は「天下一品」と評価され、近鉄・野茂英雄のフォークのクセを見抜いて打ち崩した職人肌。しかし、その道のりは決して順風満帆ではなかったようだ。
・社会人時代
席に着くなり、いきなり飛び出したのが1982年のドラフト会議の話。ヤクルトスワローズから4位指名を受けたものの、事前に約束されていた2位指名ではなかったこと、加えて周囲の事情もあり(本当は入りたかったけど)入団を拒否することに。
そして社会人野球の本田技研へ。思い出深いのが強豪・松下電器との一戦。試合前の懇親会で、本田宗一郎氏と松下幸之助氏に挟まれて記念撮影をしたというからスケールが違う。
だが、大一番で悪夢が起きる。カットプレーの場面。広瀬さんが瞬時に判断し、ファーストでアウトを取るべく送球しようとしたが……カバーが入っていない。握っていたボールを外野へ投げてしまい、そのまま1点。その後、投手が崩れて試合は一方的な展開に。
満員のスタンドから浴びせられたのは大ブーイングだった。「あれは俺の責任に見えるよな……」と、当時の悔しさがにじむ。
そんなエピソードがありつつも、本田技研では3年連続都市対抗に出場し、社会人ベストナイン(遊撃手)にも選出。実力は十分、プロ入り待ったなし。そして1985年のドラフトで運命がふたたび動いた。
・清原が泣いた日
話が来ていたのは中日と日本ハムだけ。広瀬さんは人気のセ・リーグ志望で、中日の山内監督からは「宇野(勝)をサードに回して、広瀬をショートで使う」と高く評価されていたことから、中日に強い思いを抱いていたという。そして……
ドラフト当日、テレビに映っていたのはPL学園の清原和博が涙する姿ばかりだった。
「俺はセ・リーグの中日だと思っていたら日本ハム。俺だって泣いてたんですよ。でもテレビは清原ばっかり(涙)」
時代の主役は清原和博……しかし別の場所で、もう1人のドラフト1位が静かに涙を流していたことはあまり知られていない。ともあれ、日ハム・広瀬の誕生である。
・日本ハム一筋13年
結果的に広瀬哲朗は日本ハム一筋13年。1993年には “大沢親分” こと大沢啓二監督からキャプテンに任命された。前年5位に低迷していたチームは空気が一変。闘志むき出しの主将のもとで、チームは2位へと躍進した。
広瀬さん自身も遊撃手としてベストナイン、そしてゴールデングラブ賞を2年連続受賞。背番号「1」は輝いていた。
そして1993年には、当時常勝を誇っていた西武ライオンズ・森祇晶監督の推薦でオールスターに初出場。野茂・清原・秋山・ブライアント……スター軍団の仲間入りである。
「西武の清原からは冗談で『広瀬さん、最初で最後のオールスター頑張ってください』と言われたけど、こんなにいい思いができるならと頑張って、翌年(94年)は遊撃手のファン投票1位で出てやったよ」
静かに泣いた男は、今度は堂々と選ばれる側になっていた。
・現在の広瀬さん
──日本ハムは第1志望ではなかった。テレビにも映らなかった。それでも腐らず、与えられた場所で戦い、背番号「1」を背負い続けた。広瀬哲朗が伝えたかったのは「望んだ場所ではなくても、花は咲く」ということだ。それは野球の話であり、人生の話でもある。
背番号「1」を13年間背負い続けた男の言葉には重みがあるだろう。現在65歳。品川エリアで野球教室を開校し、子供たちに野球の素晴らしさを伝えている。
またYouTubeチャンネル『広瀬哲朗 1年1組てっちゃん先生』も毎週配信中で、3月7日にはWBC日本代表応援イベントも開催予定だという。広瀬さんに会いたい方はぜひイベントをチェックしてみてほしい。面白い話がたくさん聞けると思うぞ〜!
参考リンク:YouTubeチャンネル『広瀬哲朗 1年1組てっちゃん先生』・「広瀬哲朗と日本代表応援イベント(市ヶ谷で開催)」
執筆:砂子間正貫
Photo:RocketNews24.