宮崎駿監督の作品といえば『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』『もののけ姫』などの長編アニメ映画が浮かぶと思うが、その原点ともいえる『シュナの旅』(徳間書店)をご存じだろうか。
オールカラーのイラストと詩文で構成された絵本のようなスタイル。1983年の初版から40年近くにわたって版を重ね、このたび英語に翻訳されることに! あわせて日本語版の重版94刷を決定、累計発行部数が90万部を突破したという。
ミリオンセラーのメガヒットとはいえないが、細く長く、世代を超えて読まれ続けている名作だ。どんな話かというと……
・ナウシカそっくり!?
一見「ナウシカとアスベル!?」と見間違えてしまうような表紙だが、チベット民話「犬になった王子」をベースにしたファンタジーで、ナウシカとは直接関係がない。
しかし世界観はそっくり。皮を縫い合わせたような素朴な衣類、手づくりの武具、乾いた風を感じる大地、古代文明の遺跡など、ナウシカの背景画をそのまま見ているよう。
また、ヤックルの背に乗って旅に出る王子や、鋭く真理をついてくる怪しい旅人には「もののけ姫」を連想する。
ほかにも巨大生物が繁栄する神の森、意地悪だが悪人ではない老婆、少女の愛で自分を取り戻す少年などなど、後の宮崎監督作品のエッセンスをそこかしこに見つけることができる。
……と、ここまで書くとボーイ・ミーツ・ガールの壮大な冒険活劇が出来上がりそうだが、本作はアニメ化もされていないし、だれもが知るベストセラーでもない。
それはなぜか。
宮崎監督自ら「このような地味な企画」と表現するとおり、とにかく地味で暗いのだ。
物語はやせて貧しい土地から始まるし、ヒロインは奴隷の少女だし、神は人間に冷たく、わずかな希望をつかむために大変な苦労をさせられる。
主人公シュナは少女テアのため戦いもするのだが、かっこいいヒーローのようには描かれない。正義と凶暴性は紙一重、という宮崎監督の厳しいまなざしも透けて見える。
物事に陰陽があるなら、この作品は完全に陰。ひたすら淡々と進むうえに、ことあるごとに「この世は理不尽ばかり」と読者を静かに落ち込ませる。
しかしそこに、宮崎監督作品に通奏低音のように流れる「人間賛歌」が感じられるのだ。
愚かで自己本位的で非力な……でも地べたで必死にもがく人間の尊さを描きたい! という宮崎監督の原点のような作品だと思う。
長編アニメではアクションシーンやコミカルなシーンで覆い隠されるけれども、実はテーマは「理不尽な運命にどう立ち向かっていくか」であったり、「神や自然を失った世界で人間はどう生きるか」であったりするように思えるから、同じことなのかもしれない。
ちなみにレーベルは、徳間書店のアニメ専門誌『アニメージュ』から生まれた「アニメージュ文庫」。
同誌は既存のアニメ作品を特集するだけでなく、自ら作り手となって新しい作品を生み出すことを創刊当時から意識していたそう。
それがメディアミックスの先駆けともいえる「アニメージュ文庫」の立ち上げや、『風の谷のナウシカ』の原作マンガ連載、ひいてはスタジオジブリの設立につながっていく。
・祝 英語版
英語版『SHUNA’S JOURNEY』は2022年11月1日に北米で発売。この苦難の物語が、英語圏の人々にどう受け取られるのか興味津々だ。
翻訳はアレックス・デュドク・ドゥ・ヴィット氏。『レッドタートル ある島の物語』を手がけたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の子息だそう。
全編フルカラーで、宮崎監督の手になる幻想的な水彩画が存分に見られるのも本書の魅力。ジブリの原風景ともいえる一冊だ。大人向けのやや哲学的な内容なので人を選ぶかもしれないが、もし未読の方はこの機会にぜひ!
参考リンク:PR TIMES、徳間書店
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.
▼スタジオジブリ公式Twitter
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