
旅先で「観光名所」と言われる場所を訪ねるのは自然なこと。しかしそれが地元となると少々事情が変わる。「いつでも行ける」という気持ちが、かえって足を遠ざけてしまうことは珍しくない。たとえば、東京出身者の中に「東京タワーへ行ったことがない人」は結構いるはず。島根出身の私(佐藤)にとって、奥出雲町はそんな場所だ。
この町には、松本清張の小説『砂の器』の舞台になった亀嵩(かめだけ)があり、ローカル線JR木次線の亀嵩駅がある。ここは、駅舎内のそば屋を駅長が切り盛りしている、一風変わった駅である。
・暖冬のおかげで
砂の器の舞台になったのは、町のなかほどに位置する湯野神社である。参道入口には記念碑が建てられており、古くから作品のファンが訪ねる名所として知られている。2019年3月には、フジテレビ開局60周年特別企画として東山紀之さん主演のリメイク版ドラマが放映された。
温泉地としても有名で、亀嵩温泉の「玉峰山荘」には近隣から足を運ぶ人も少なくない。
島根県の県庁所在地、松江市から車で約1時間。所要時間はそれほど大したことないように思うのだが、この地はとても山深い所で、例年であればこの時期、雪が降り積もるのは当たり前。ひと昔前なら、ノーマルタイヤの車では走行が困難になるほどの積雪に見舞われることも珍しくなかった。
ところが今冬はあたたかい。帰省している間に雪が積もる気配がないので、温泉に入りがてら赴いた次第だ。
・古き昭和の佇まい
玉峰山荘で身体を癒した後に、行きがけに通過した亀嵩駅に立ち寄った。令和の新時代が幕開けしたというのに、駅舎の外観からは古き昭和の佇まいを感じる。愛らしいイラストの「かめ駅長」の立て看板がやたら新しく見えるのは、駅舎の風情のせいではないだろうか。
そのかめ駅長と “対” を成すように、砂の器の顔出しパネルが立っている。これもまた、時の重さを感じさせる風合いに。
駅舎のなかも、懐かしい昭和の鉄道の名残の色が深い。駅舎内には自動改札機はなく、無人状態である。ここは簡易委託駅で、駅舎内には扇屋の店主が駅長も兼任している。
時刻表を見れば、のどかな路線であることを理解できる。電車はおおむね2時間に1本のペースでしか運行していないのである。
・出雲そばを堪能
扇屋は、もともと駅の業務室だったスペースを利用して、先代の駅長が作ったものなのだとか。1973年創業で、現在2代目が引き継ぎ47年目を迎えている。驚いたことに、ここでは「PayPay」が使える。便利なのは良いことだが、何だか駅の風情に合わない気がしないでもない……。
お店の中央には、今では見ることのなくなったダルマストーブ。壁には、ところ狭しと有名人のサイン色紙が掲げられている。きっと訪ねた人は皆、懐かしい昭和の景色に心癒されたことだろう。実際私も幼少の頃にタイムスリップしたような気分になった。
メニューを見ると、島根では定番の「割子そば」(3枚860円)。そして、持ち帰り用の「弁当そば」(620円)が目に入った。
どちらも食べてみたい気持ちはあったのだが、この日は寒さが厳しく、あたたかいそばを食べたかった。そこで注文したのは、とろろとそばを合いがけした「山見そば」(1120円)だ。それに330円プラスして定食でいただくことにした。
窓越しに電車が通過するんじゃないか? そんなことを期待しながら窓の外に目をやって待っていると、膳が運ばれてきた。
あたたかいそばとご飯、日替わりのおかず3品と梅干・黒豆・りんごが添えられている。素朴ではあるが手が込んでおり、店主夫妻の優しさがにじみ出ているような膳だ。ご飯は地元の仁多米コシヒカリ、たまごは奥出雲のネッカエッグを使用している。そばは石臼挽きのそば粉を使い、天然水を加えた手打ちなのだとか。
出雲そばは色が濃く、喉ごしよりも歯ごたえを楽しむのが特徴。そばつゆをかけて頂くのが一般的だ。濃いめのつゆをたっぷりとかけ、とろろとたまごをよくかき混ぜる。
コシのあるそばと、とろろ・たまごのとろみが相まって、食べ応えはしっかりとしている。香り高いそばを食べると、身体の芯からあたたまってくるようだ。駅舎からの景色と店の佇まい、そしてそばの味に癒されることこの上ない。アクセスは良くないが、もしも島根を訪ねる機会があったら、亀嵩まで足を延ばしてみてはいかがだろうか?
・今回訪問した店舗の情報
店名 扇屋
住所 島根県仁多郡奥出雲町郡340(亀嵩駅舎内)
営業時間 9:30~17:00
定休日 火曜日(祝日の場合は営業)
参考リンク:フジテレビ『砂の器』
Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
ScreenShot:Googleマップ
佐藤英典












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