ロケットニュース24

ブラック企業の上司が言った「俺のカードで好きなのを買えよ」に一周回って感動した話 / 伝え方って大事!

2018年2月26日

世の中には、カッコイイ男のみが口にすることを許されるセリフがある。例えば、「俺のカードで好きなのを買えよ」ってセリフもそうだ。それはまるで映画。『プリティ・ウーマン』のリチャード・ギアであるが、いざ現実にその言葉を口にしようと思ったら……なかなか難しい。

まず、そう言えるだけの経済力がいる。気前の良さもいる。そして、その言葉がイヤミに響かないだけの “内面の清潔さ的なもの” もいる。どう考えても、ハードルが高いセリフであるが……そんなハードルをなぎ倒すようにして、カッコイイセリフを口にする人も世の中にはいるのだ。私が約10年前に出会った、ある上司のように……。

・ブラック企業に入社した実体験

これから紹介するのは、私が以前に勤めていた会社での話である。その会社は小さな編集プロダクションで、求人広告を出している期間の長さでは他社の追随を許さないという特徴があった。永遠に行われる人材募集。オールウェイズ求人。そんな会社だ。

求人広告に記載されている「弊社は少数精鋭のアットホームな職場です。やる気を第一に評価するので経験不問」という紹介文に釣られてノコノコとやって来た私のような世間知らずに、目潰しと金的を容赦なく浴びせ、世間という名のリングがいかに厳しいかを教えてくれる……つまるところブラック企業である。

その会社で社長を務めていたのは50代の男性なのだが、これまた控えめに言っても「どうしようもないクズ」。その社長をクズと呼ぶことが、世界中のクズに対して失礼だと思うくらいのクズであった。

・ブラック企業に入社して最も困ったこと

当然ながら、そんな会社に入社すると困ることがたくさんある。中でも最も最悪だったのは、「社長が領収書を受け取ってくれないこと」。仕事中にこちらで立て替えたお金が知らぬ間に不良債権と化している理不尽な展開には、何度も泣かされたものである。

他にも、当時を振り返るとあり得ないことは数え切れないほどあったように思うが、今も忘れられないのが「マウス早い事件」だろう。それは入社したばかりの頃。私に支給されたパソコン一式にマウスがなく会社にも予備のマウスがなかったことから始まる。

ちなみに、編集プロダクションはほぼ毎日長時間のデスクワークであり、パソコンがなければ仕事にならない。私に与えられたノートパソコンには一応タッチパッドがついていたものの、パソコン自体が頻繁にフリーズするような代物だったためか、タッチパッドの反応が鈍すぎて使いにくいこと極まりなかったのだ。

だったらマウスを買えばいいじゃない! なんならパソコンごと買えばいいじゃない! ──普通ならそう思うだろう。当然、私も社長に「マウスがないと仕事ができないので買って欲しい」旨を直訴したところ……社長は「新人が生意気なことを言うな」とでも言いたそうな表情で、こう一喝したのである。


社長 「お前にマウスはまだ早い」


──え!? マウスに早いとか遅いってあんの? ……謎すぎるお言葉であったが、よくよく考えれば、社長がそう言った背景にはブラック企業ならではの事情が密接に関係しているように思う。というのも、その会社は圧倒的な離職率の高さを誇っており、新兵を補充しても数日で逃亡する状態が慢性的に続いていたのだ。

そのためか、社長は新人に対して「どうせすぐに辞めるんだろ」という態度を隠せなくなっていたのである。そんな不信感が、仕事に必要な道具を新入社員に与えないことにつながり……要は、社長なりの経費削減対策だったのだ。

・ブラック企業を辞められない事情

今にしてみれば、「あんなクソな会社、すぐにでも辞めればよかった」と思うが、当時の私はなかなか退職に踏み切れなかった。「辞めたら家賃とかをどうしよう?」とか「生活費は?」とか「他の仕事がすぐに見つかるのか?」などと不安が尽きなかったからである。

しかも、その会社での仕事量が膨大すぎて、転職活動をする時間もない……。といった理由で、当時の私は「働くしかない」と思い込んでいたのである。

・2カ月後に社長が少し心を開いて……

それから約2カ月──。私は徐々に仕事に慣れてきたものの、気持ちは帝愛地下王国に放り込まれた多重債務者のそれであった。会社を辞めることで頭がいっぱいだったし、「このお先真っ暗感をどうしようか」と心理的にギリギリのところで毎日考えていた。

その一方で、社長は私を少しだけ信頼してくれるようになったようだ。「こいつは簡単に会社を辞めはしない」と思われたのかどうか知らないが、ある日社長が私に声をかけてきたのである。しかも、明らかに「いいニュースだぞ」的な感じで。それから……社長はドヤりながら、私が全く想像していなかった言葉を言い放った。それは次のページへGO! 

執筆:和才雄一郎
イラスト:稲葉翔子
Photo:RocketNews24.

ブラック企業の上司が言った「俺のカードで好きなのを買えよ」に一周回って感動した話 / 伝え方の大切さを痛感!(その2)


社長 「おい! マウス……買っていいぞ! 会社がお金を出すから」


──それは衝撃以外の何物でもなかった。あの社長が! 人智を超えたレベルでドケチな社長が……! 「マウスを買っていい」と言っている!! 思わずポカーンとした私に、社長はさらに続ける。


社長 「お前が使いやすいマウスをちゃんと選べよ! 高くてもいいから」


──私は思わず自分の耳を疑った。社員が提出した領収書をビリビリと破り捨てた社長が! 「今は領収書の時期じゃない」という意味不明な理由で社員にキレた社長が……! 「高くてもいい」と言っている!! これは……!?

社長に何があったのかは知らないが、このチャンスだけは逃してはならない。社長の気分が変わる前にマウスを買いに行き、速攻で領収書を提出せねば! そう思った私が家電量販店に走ろうとしたとき、社長は自分の財布を開きながらこう言ったのだ。


社長 「俺のカードを使えよ。これで好きなの買っていいから」



──ここまでくると、「夢を見てるのかな?」って気さえしてきた。社長が「俺のカードを使えよ」だなんて……! つまりアレか、領収書を出す必要もないってことか!? もはや恐怖感さえ覚えるほど不気味だ。 

とにもかくにも、この話に乗らない手はない。私がビビりながらカードを受け取った瞬間! 思わず思考停止状態になったのである。なぜなら、そのカードは……



ヨドバシカメラのポイントカード!!!!


しかも、クレジット機能が無いヤツ! ポイント貯めるだけのヤツ!! よく見たら、裏に社長の名前がしっかり書かれてるっ!!!!


──うん? どういうこと? つまるところ、「俺のカードを使えよ」ってのは、カードに貯められているポイントを使ってOKってことなのだろうか? そんな気もしたので、念のため社長に「このカードのポイントで買ってもいいってことですか?」と聞くと……

当然のように首を振る社長。ってことは……


つまり……


社長は……


「マウスを買った分のポイントは俺のカードにつけとけよ」と言っているのだった。

・もしかしてボケ?

「そ、そっちか……」と思うと同時に、私は「もしかして社長はボケで言ってるのかな? 『俺のカードで好きなの買えって、これポイントカードじゃないですか〜!』というツッコミを待っているのかな?」と気になり、社長を見たら……

目がマジだった。全然ボケじゃなかった。なんなら、アツい感じの空気出してた


……そのとき私は、社会で働くために重要なことを学んだ気がする。良いように言えば、伝え方が大事だということ。悪いように言えば、直接的に言わないズルさについて知っておかねばならないということ。

・伝え方を考えてみる

というのも、もしあの時社長がダイレクトに「俺のヨドバシのカードにポイントつけとけ」とだけ言っていたらどうだろう? それまでの社長の印象もあり、私は間違いなく「またセコいこと言いやがって」と感じたに違いない。

しかし、先述のように「俺のカードで好きなのを買えよ」だったから、私には「セコい」という感情が入り込む隙間がなかったのだ。どうしていいか分からずに、混乱しただけであった。

見方を変えれば、社長は部下である私の不満を言い方ひとつで押さえ込んだのである。むしろ私は、「ここまで振り切ったクズはなかなかいない」と、1周回って感動したほどだ。


・会社を辞めてしばらくした後

それから何年か経った頃、『伝え方が9割』という本が本屋の一角に積まれているのを見たとき、私はあのときの社長の言葉を思い出さずにはいられなかった。その本の内容と社長の言い方は全然違うのだろうけど、社長は社長で「伝え方」について追求している人だったから。ただ、その方向性が極めてクズなベクトルだったというだけの話だ。

なお、クズ社長については本サイトで過去に何度か取り上げている。社長のクズっぷりについてさらに知りたい人は、「女性社員がクーデターを起こして会社を潰しかけた話」「タダで泊めてとホテルにお願いしていた話」などの記事を参考にして欲しい。ただし、これらはまだまだ社長のクズ伝説の一部でしかないのだけれど。

執筆:和才雄一郎
イラスト:稲葉翔子
Photo:RocketNews24.

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