みなさんは『シティ・オブ・ゴッド』という映画をご存知だろうか? この映画は、ブラジルのスラム街を舞台に、ストリートチルドレンの日常を描いたもの。その日常とは、殺人、強盗、暴力、麻薬……。「実話をもとに制作された」というのが信じられないような内容となっている。
そんな映画を見て「ブラジルのスラム街の現実に衝撃を受けた」という人は多いはず。実は記者は、ブラジルのスラム街に誤って入ってしまったことがある。今回はその時の体験を紹介したい。
・犯罪の温床、ファベーラ
ブラジルは日本とは比較にならないほど犯罪率の高い国だが、その温床と言われているのが「ファベーラ」と呼ばれるスラム街だ。あまりの恐ろしさ故に、地元の人でも近づかないと言われている場所である。
ちなみに、ブラジルワールドカップ前に、警察が掃討作戦を実施した際には、戦車やヘリコプターまで動員されている。それだけで、どのような場所なのか、おおよその察しがつくだろう。
・無数にあるファベーラ
このファベーラ、恐ろしさもさることながら、旅行者にとって厄介なのは、数が多い点。ブラジル国内に3000以上のファベーラが存在すると言われている。
なので、旅行者が大都市にある全てのファベーラの位置を事前に全て把握するのは、なかなか難しい。そのため「知らずに入ってしまった」という事案も起こりがちなのだとか。まさか自分自身がそのようなことになるとは思っていなかったが……。
・大通りとは雰囲気が異なる坂道
私がその苦い経験をしたのは、ブラジルのナタールという街。ワールドカップで、日本対ギリシャ戦が行われた場所である。その旧市街を歩いていた時、大通りとは雰囲気の異なる坂道を見つけた。
雰囲気が違うと言っても、殺伐としているわけではない。石畳の坂の上に軒の低い家が立ち並び、昔ながらの南米の下町という風情だ。少なくとも、最初はそう思われた。
そこには、ブラジルのホテル街やリゾートエリアに見られる、観光地化された「上品さ」はないが、濃厚な生活感が感じられた。その生活感の中には、観光客に向けられる「ウェルカム感」とは全く違う種類の優しさが詰まっているようでもあり、ささくれだっているようでもあったが、とにかく私にとっては魅力的に映ったのだ。
・海を見下ろせる位置にある
しかも地理的に考えれば、この坂の上からは海を見下ろせるはず。この坂を上って、周囲の町並みを見てみたい、そこから海を見てみたい! と思ったのである。
しかし、この坂はファベーラの入り口かもしれない。一般的に、ファベーラは丘の上にあることが多いとされており、特徴の1つとして「中に入ると、大通りとは雰囲気ががらりと変わる」と言われているのだ。
その条件は、今私の目の前に広がる場所にぴったりと当てはまる……。だがもしかしたら、ファベーラでも何でもない場所かもしれない。一体どっちなんだ!?
・バスから降りた乗客に聞いてみる
そう悩んでいた時、近くのバス停にバスが止まり、数人の乗客が降りてきた。そこで私は、その人たちの中から温厚そうな青年をつかまえ、問題の坂の方を指差しながら、「上っても大丈夫?」「この先は危険?」と身振り手振りを交えながら聞いてみることに。
ところが私のヘタクソなポルトガル語では、相手に全く通じない。「ごめん、分からないよ」という表情を浮かべたまま、その人は行ってしまった。
そして……私は決意した。「もうこうなったら、行ってみるしかない!」と。危険を感じたらすぐに帰ることを肝に銘じて、私は坂を上ったのである。その結果はどうなったのか? 次のページで明らかになるぞ。
Report:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.
『シティ・オブ・ゴット』の世界! ブラジルのスラム街「ファベーラ」に入ってしまったらこうなった(後半)
・頑丈な鉄網で覆われた窓
坂道は緩やかな傾斜で、歩くこと自体はほとんど苦痛ではなかった。だが、私は坂道を上り始めてからすぐに、あることに気が付いた。それは、多くの家の窓が、目の細かい鉄網で覆われていること。ブラジルのホテルなどでも同様の光景が見られることはあるが、今まで見たことがないほど頑丈な防備である。
・引き返すことを決意させた理髪店店主の目
「もうそろそろ引き返した方がいい」そう思いながらもなかなか戻らずに坂道を上り続けていた時、私はある理髪店の前を通り過ぎた。店内には、あらゆるものが散乱しており、理髪店だと理解するのにしばらく時間がかかる、そもそも店なのかどうかを理解するのにも時間がかかる、そんな店だ。
中で店主らしき男性が散髪用の椅子に腰掛けながら休んでいたのだが、私はその男性と目があった。というより、男性が私を睨みつけたと言う方が正確かもしれない。その目は、あまりにもウェルカム感ゼロ。むしろ不信と拒絶の色が浮かんでおり、ささくれ立っているにも程があるような視線であった。
この時点で、私は薄々感づきながらも、どこか認めたくなかった現実を受け入れた。この坂道を上って行けば確実にヤバいことになる。旅行者が来るような場所ではなかったと。
・響き渡る口笛
そのまま私は180°ターン。来た道を引き返すことにした。ところが、しばらく坂道を下っていると、丘の下の方から口笛が聞こえてきたのである。それも1人ではない。何人もが同時に吹いている。その方向に目を凝らすと……10人前後の集団がいたのだ。
一瞬、心臓が跳ね上がりそうになった。「こんな所に入った自分が馬鹿だった! 殺(や)られる!!」と思ったが、そこに戦闘的な空気はまるでない。むしろ逆である。よく見ると彼らは、腕を上げて動かし「帰ってこい!」のジェスチャーをしていたのであった。
・声をかけたブラジル人の青年を発見
その集団との距離が近づいていくに連れて、私は彼らの中に声をかけた青年がいることに気がついた。しかも彼らのうち何人かは、ちょっと前にこの近くのバス停で降りた人ではないか。
つまり、こういうことである。坂を登っていく私の姿を、この近くの誰かが見ていたようなのだ。その人は恐らく「おい! ヤバい場所へ行こうとするヤツがいるぞ!」と周囲の人に伝えたに違いない。
彼らは丘を登っていく私の後ろ姿を見て、何とか危険を知らせようとしてくれたのかもしれないが、私は全く気付かない。そこで、周りにいた人をかき集めて、口笛やらジェスチャーで危険を知らせてくれたのである。
私がそのサインに気がついた時には、集まった人数は10人前後になっており、中には私が声をかけた青年やバスで降りた人も含まれていた、というわけだ。
・手で拳銃の形を作ってレクチャー
私が坂を下りきると、彼らが周囲に集まってきた。そのほとんどの人が、坂の上の方を指差した後で、手で拳銃の形を作る。「ファベーラ!」と言う人もいる。言葉は全く通じないが、言っている意味は完全に理解できる。理解するのが遅過ぎたが、痛いほどに分かる。
私は彼らに何度も「オブリガード!」と言い、「もうあそこには行かない、ホテルへ帰るよ」ということを何とか伝えると、彼らはやっと解散したのであった。
・ブラジルの怖さと優しさ
彼らブラジル人が、大人数で口笛を吹いて必死で危険性を知らせてくれたことからも、ファベーラのヤバさを窺(うかが)い知れるだろう。確かに、恐ろしい。だが同時に、そのために集まってくれた人、必死に口笛やジェスチャー教えてくれた人が大勢いたのもまた事実だ。
ブラジルには、実際に入るのも危険なほど恐ろしいエリアは存在する。しかしその一方、親切で、心暖かい人も多い。それが身にしみた一件であった。
Report:和才雄一郎
Photo:RocketNews24.
▼これが誤って上ってしまった坂道である
▼その周囲にあった坂道。最後に教えてくれたブラジル人いわく、この道も非常に危険とのこと
▼ブラジルのスラム、ファベーラ。これ以上は近づけなかった
▼無数のパラボナアンテナが立つファベーラの家の屋根。写真がブレている理由はお察し下さい……
▼美しい海岸線と観光客が泊まるホテル、そして治安のよくないエリアが混在している。ブラジルを象徴するような光景だ
▼治安の悪いエリアのすぐ近くには海岸線。その海岸線には、多くのホテルが立ち並んでいる