料理好きなアメリカ在住の当記者にとって、料理番組もまた料理の幅を広げるためための重要なコンテンツである。平日相当数の料理番組をまとめて録画しては休日のお楽しみにしている。料理番組もお国がかわれば内容もかわる。日本とはかなり番組構成が違うのだ。さてその違いとは?

【1】日本と違って料理アシスタントがいない。料理の先生が一人でしゃべりつづける。
【2】番組にもよるが、材料が切って用意されたり、計ってあったりということがない。

その中でもこの1に注目してみた。アシスタントがいないということは掛け合いがなく、作りながらずっと一人でカメラ(視聴者)に向かって話続ける。日本の料理番組は例えば「ここでたまねぎを炒めていきます。」「どれくらいいためるんですか?」「そうですね、カラメル色になるまでゆっくりと炒めていきましょう。」「先生、おいしそうな色になってきましたね〜。」「そうですね、たまねぎは炒めてあげると甘みが出ておいしくなりますからね。ここがポイントです。」といった具合の二人の会話を視聴者はかやの外で聞く訳だが、アメリカの料理番組では料理研究家が1人で「ここでたまねぎを炒めてね。あ、炒めるのはゆーっくりゴールドになるまでね。ほ〜ら、おいしそうになってきたでしょ? ほら みて! これがおいしさの秘密なのよ。ここにさっき炒めておいたマッシュルームをいれるんだけど、ほら、うわあおいしそう。私このマッシュルームに目がなくて何にでもいれたくなっちゃうのよね〜」というのをカメラ目線 をいれつつ自分の話を混ぜながら視聴者にダイレクトに話しかけてくるわけだ。『あなたの好みはどうでもいいよ』とつっこみをいれたくもなるのだがおそらくセレブ 料理研究家だとファンもいて、そういう話も聞きたいファンもいるのだろう・・。

そして作り終わった料理は日本だと 「はい、これで出来上がりです。」「先生、素材の味が生かされていてとてもおいしいです。」「今の季節○○は旬ですからぜひ使っていただきたいですね。」 というような会話が続き、試食は先生というよりはアシスタントだったりと作った人以外がして絶賛する。先生側も絶賛されたとしてもそうでしょ?というわけでもなくさらりと流してしまう。

かたやアメリカは「みてみて〜!おいしそうでしょ?(食べて)うわ〜おいしい。これならいくらでもいけちゃう〜!」と一人試食で自画自賛。以前からアメリカの料理番組を見ていて何かおかしいと感じていたのだが、一番の理由はここにあったのだ。謙遜するのが美徳という文化で育った私たち日本人はこの自分で作った料理を大絶賛するというスタイルにどうしても違和感を感じてしまう訳だ。しかしながら違和感を感じながらも慣れてきて、楽しんでいる自分も一方でいるわけなのだが・・次回は心霊番組の日米比較をしてみようと思う。期待せずもお見逃しなく!

記者(M・H)